モビリティで変わる社会松浦 晋也

②自動運転車における「出す」

2017.01.17

前回、自動運転車の搭乗者が行う動作は、1)寝る、2)スマートフォン、パソコン、読書など情報に関する作業を行う、3)食事をする、の3つだと分析した。もうひとつ、考える必要があるかもしれない動作がある。「排泄」だ。

ほとんどの自動運転車はトイレを搭載しない可能性が高い

 

移動の性能を追求するならば、乗り物は全般的に搭乗者に割くリソースを最低限にして、軽く作るほうが良い。その一方で、長時間連続搭乗が要求されると搭乗者の快適性は無視できなくなる。

なかでも排泄は生理現象であり、要求を満たさないわけにはいかない。と同時に、臭気という問題があり、しかも尿と便という液体と固体の両方に対応しなくてはならないという難しさを抱えている。旅客機用のトイレは、軽量化や排泄物の処理などで独特のノウハウを抱えている商品であり、伊藤忠系列の日本のメーカーであるジャムコが、世界シェアの約50%を占める日本のお家芸的製品でもある。

狭い機能的な空間に長時間居住する典型例は長距離を飛ぶ爆撃機のような軍用機、そして宇宙船である。現状ではどちらも、それぞれの環境に合わせた簡易トイレを搭載するようになっている。宇宙服は、体に密着した最小の宇宙船と見なすことができるが、宇宙飛行士は大人用のオムツを着用することで、7時間程度の連続した船外活動を実施している。

自動車の場合、一番簡単な解決法は「トイレを搭載しない」だ。コンビニや道の駅、高速道路のサービスエリアなどの外部のトイレが利用できるので、臭気や、排泄後の処理や清掃などを考えると、「面倒なものは外部に任せて、装備しない」というのが一番簡単である。おそらく、普及価格帯の自動運転車がトイレを装備することはないだろう。どうしても必要ならば、高速道路の大規模渋滞などに対応するために「携帯トイレ」「緊急トイレ」といった名称で市販されている吸水ポリマーで尿を吸い取る製品を使え、ということになる。

 

しかし移住性向上のためにはトイレの搭載を検討すべき

その一方で、ある程度の製造コストをかけることが可能な中級以上の自動運転車では、「快適トイレを装備」することが商品力向上につながる可能性がある。従来の自動車と比べると、自動運転車では車内で過ごす時間が長くなると予想できる。そうなると自動車の利用法としては、よりキャンピングカーに近くなる。キャンピングカーは通常、タンク式のトイレを装備している。

自動運転車に、どのようなトイレを搭載するかは、これからの課題だ。それは、どのような形式の車両が自動運転車の標準となるかとも関係してくる。セダン、クーペ、ハッチバック、ワゴンといった形式とは別に、自動運転車では特有の要求に適応した新しい車両形式が生まれると考えたほうがいいだろう。現在は、近距離移動のためのコミューターの提案が目立つが、それが自動運転車の主流になるとは限らない。内部の居住性を向上させた、キャンピングカーのような形式が主流になるかも知れない。となると、車載トイレを真剣に検討しなくてはならない。

車内の限られた空間に、トイレを作り込むのは簡単なことではないだろう。トイレは、1)使用時のプライバシーが保たれる必要がある、2)使用時、使用後ともに臭気が車内に漏れてはならない、3)使用後の整備(排泄物の投棄やタンクの清掃)が簡単かつ臭気なしにできなくてはならない——といった性能が要求される。故障時のフェイルセーフも考慮する必要もある。故障の結果、汚物が車内に漏洩するという事態は避けねばならない。  狭い車内に全身が隠れるプライバシー空間を設定することも、そこからの臭気を室内に漏らさない仕組みを車体に組み込むことも至難の業だろう。

それでも、実現できれば自動運転車の使い勝手は大きく変化するだろう。トイレを装備するということは、自動運転車がより「家」に近づくということだ。現在の自動車と家との中間的な使用法が新たに発生し、一般化するのではなかろうか。

ひとつの予想だが、最初は自動運転機能を搭載したキャンピングカーが、自動車メーカーの製品ラインナップに入るのではなかろうか。現在、キャンピングカーは、自動車メーカーが製造・販売するものではなく、改造業者がカスタム/セミカスタム品として扱っている。自動車が、自動運転機能に伴って「住まう場所」としての性格を強めるとしたら、自動車メーカーもそれに対応した商品開発をするであろう。

ただし、現行のキャンピングカーと、自動運転車が完全に同じものになることはないだろう。キャンピングカーは、基本的に「停車した車両中で就寝する」道具だが、自動運転車は、前回書いた通り移動時にも安全性を確保しつつ就寝することができねばならないからだ。

(続く)

②自動運転車における「出す」