研究都市つくばのパーソナルモビリティ戦略松本 治

①パーソナルモビリティでユニバーサルな移動をつくる

2017.01.25

大きすぎる自動車。「脱車社会」を目指して

私が茨城県つくば市内の国の研究機関に就職してから、すでに30年近く経とうとしている。つくばは車がないと生活できないと言われ、就職前に慌てて中古車を購入したことを覚えている。都会で自家用車の保有が全く必要なかった家庭で育った私にとっては、一家で自家用車を3台保有することもあるつくばの交通のあり方に、何かずっと違和感を持ちながら今日まで生活してきた。

よく言われるように、公共交通機関が発達していない過疎地域では自動車がないと生活が成り立たない。他の移動手段がないためだ。そのため近年高齢者の運転ミスによる事故が後を絶たず社会問題になっているが、果たして自動運転技術や危険回避技術のような先進技術の普及がその全面的な解決になり得るだろうか?

自動車は大き過ぎるのだ。自分のライフスタイルを振り返ってみても、通常は私の通勤と家内の買い物、もしくは娘の送り迎えで使用されており、1〜2人で使用しているケースがほとんどである。高速走行時の安全性、荷物運搬時の利便性など、ある程度大きくならざるを得ないというのは分かるものの、個人の移動のために約1トンの自家用車を動かしているというのは、社会全体から見てどう考えても不合理である。

「ユニバーサルな」乗り物としてのパーソナルモビリティ

トラックやバスはともかく、個人移動手段としての自動車は、もう少し小さくて安全な移動手段に置き換わらないだろうか。小型の乗り物は、車道を走行するものと、歩道走行するものに大きく分けられる。現在、個人が所有する代表的な小型の乗り物は、自転車、バイクなど、車道の脇を走行するモビリティだ。近年は電動アシスト機能付きのものが普及し、坂道での利便性も向上するなど、今後もユーザにとっては使いやすくなると思われるが、車道上、つまり高速走行する自動車と混在する環境での走行は本質的に危険であることは言うまでもない。それを無くすには街づくり全体を見直して、パーク&ライドにより街の中から自動車を排除する、もしくは高速と低速のモビリティの走行環境を分離するなど、社会インフラを含めた本質的な方策が必要である。

では、車道ではなく歩道を走行するモビリティはどうだろうか。現在、歩道上を歩行者との混在環境にて走行可能な動力付き車両は電動車いすだけである。電動車いすは道路交通法上歩行者と見なされているからだ。基本的には歩行が困難な高齢者や障碍者が使用するものであり、現時点では誰もが自由に使えるものではないが、簡単に操縦可能であり、技術開発や制度改正などによりユーザ層を広げることができれば利便性の高い個人移動手段として有望だと考えている。ロボット・AI技術の進展により、自動走行技術などの実装についても開発が進んでいる分野でもある。

産総研で開発している自律走行車いす「マーカス」

産総研で開発している自律走行車いす「マーカス」

こうした歩道走行型モビリティが車道走行型モビリティと大きく異なる点の一つは、生活空間に溶け込む親和性の高いモビリティであるという点だ。すなわち、小型であることのメリットを生かして、ショッピングセンターや病院のような施設内にも乗ったままシームレスに入ることができる。高齢者の日常生活の足として、また観光客等の街中移動、買い物難民の救済手段としても活用できるだろう。

つくば市では、このような歩道走行可能な未来型モビリティの普及を推進するため、「つくばモビリティロボット実証実験推進協議会」を組織し、2011年6月から公道走行実証実験を開始している。そこで対象としているモビリティは、「ロボット技術を活用した新しいモビリティ(人が搭乗して移動するための機器)」であり、走行するのは歩道上だ。

歩道走行型のモビリティに対象を絞った理由のひとつは、つくばという街が、歩道型のモビリティに適していたからだ。つくば市は歩道が広く、街の中心は遊歩道も整備されている。計画されて作られた街だからである。また歩行者の数も多くはない。一方で大都市圏では歩道の幅が狭く歩行者の数も多い。例えば週末の渋谷駅周辺などで歩道走行型モビリティが使われるシーンをにわかには想像し難い。モビリティの普及は街の形態(公共交通機関の発達度合い、歩道の幅、歩道の混雑状況、住民のライフスタイルなど)と密接な関係をもっている。

大きな要因としてもうひとつ挙げるならば、上述したようなモビリティの特性を生かし、「ユニバーサル移動環境」を創るためとも言えるだろう。2040年には、つくば市の老年人口は市内の総人口のおよそ30%を占めると予測されている。これと同じような状況は日本各地で確実に起こる。わずか20年先の未来において、街の人々が不自由なく暮らすことのできる移動環境を作っていくことも、本実証実験の目標のひとつである。

私も実証実験開始前の関係省庁との交渉段階や、実証実験開始後の各種パーソナルモビリティの実証実験に関与しており、現在もなお実験を実施している。以後、このような先進技術が搭載された一人乗りモビリティをパーソナルモビリティと呼び、立ち乗り型、座り乗り型両方を含めて議論することにする。

立ち乗り型の産総研マイクロモビリティ

立ち乗り型の産総研マイクロモビリティ

街の交通設計──連携するモビリティ

パーソナルモビリティを導入することで、街全体の移動環境はどのように変わりうるだろう。

歩行者との共存環境を走行するパーソナルモビリティはおのずと速度の上限が決まる。例えば電動車いすは我が国では道交法上、時速6km/hが上限である。欧米では上限が時速10km/h以上である所が多く、最大でも時速20km/h程度だ。自転車を普通に漕ぐと時速20km/h程度は出るため、パーソナルモビリティで移動する範囲は気軽に自転車で行ける程度の範囲内であると考えていい。半径数km以内の移動に使われると想定するのが自然だろう。

このように考えると、パーソナルモビリティの利用は、①自宅周辺での買い物等での活用、②中心市街地での各施設巡回利用となり、①は個人所有によるパーソナルユース、②はサービス事業者によるシェアリングユースが想定される。高齢者が使用する場合は、①の個人所有による自宅近辺での日常の買い物や散歩での活用、②については街の中心から離れた場所に住む高齢者がバス、もしくはデマンド型バス・タクシーで中心市街地に行き、買い物、通院などでの活用だろうか。

つまり、より快適な交通環境を考えるためには、シェアリングを含めた街のモビリティ全体を考え、他の交通手段と連携することが必要となる。そのため、ここでは連携後の街のモビリティ設計について連携可能な公共交通手段について、つくば市を例に取って考えてみたい。

つくば市は市内唯一の鉄道であるつくばエクスプレスのつくば駅と研究学園駅周辺にショッピングセンターや市役所、銀行、郵便局などが集積しており、駅からの近距離移動で、生活する上でのいろんな用事が片付く。しかし、市内は284平方kmと広大であり、山手線内側の面積の約4.5倍あるにも関わらず、この2駅周辺に各施設が集積している。つまり、駅周辺の居住者以外は何らかの手段で中心まで来なくてはならず、現在はそれが自家用車か路線バスである。

事業者の採算性の問題により、路線バスの本数は必ずしも十分とは言えず、長い待ち時間や遅延の発生など利便性の問題から乗車率の低下を招いている。よく見られるのは、通勤通学時間帯以外の利用者が極端に少ないという問題である。大都市圏のように鉄道が細目に敷設されている訳ではないことも併せて、これは地方都市や過疎地域が共通に抱える問題だ。

一方で、この問題を解決するための取り組みとして、「つくタク」というデマンド型タクシーのサービスが始まっている。Uberなどのデマンド型交通と同様のサービスだ。市内に乗降場所を多数設置し、自宅を乗降場所として登録することも可能である。自宅近傍以外にも市内中心部に設定されている10カ所ほどの共通ポイントまで格安で行けるため、つくば市中心から離れた地域に居住する高齢者の利用が多い。タクシーを使うと3〜4千円かかる所を数百円で済むことから、歩行や自動車の運転が困難な住民にとってはありがたいサービスである。ただ、事業性という意味では、現在はつくば市からの補助金により成立しているサービスであり、民間の事業者単独の取り組みでは採算が取れず、ある意味行政サービスの枠から出ることは困難である。

他にも、つくば市には敷設されていないが、定時性の公共交通手段として、LRT(Light Rail Transit)、いわゆる路面電車がある。コンパクトシティを掲げる富山市では住民の足として浸透しているが、鉄道ほどではないにしても、LRT用の軌道の敷設にはそれなりの予算が必要である。

パーソナルモビリティを使って、これらの地域交通とどのように連携することが可能だろうか。例えば、「つくタク」の各共通ポイントにパーソナルモビリティ充電ステーションを設置し、近傍のバス停乗降時刻やデマンド型タクシー予約と連動した形で希望のパーソナルモビリティも併せて予約可能にする。充電ステーションには座り乗り型、立ち乗り型など、各種パーソナルモビリティが配備されており、ユーザの希望により選択可能だ。将来的にはすべてのパーソナルモビリティに自動走行機能が搭載され、無人での配車を可能とする。そうすることで無人運用が可能となり採算性の向上から、民間事業者の参入障壁を下げられる。こうして地域交通が相互につながり利用率が上昇すれば、バスの運行本数の増加によってさらなる利用者数の増加も見込める。すぐに実現できる訳ではないが、このような形で移動の利便性が向上すると高齢者の運転免許返納のモチベーションも上がり、交通事故の低減や街の低炭素化に貢献するだろう。

パーソナルモビリティの普及のためには、単体での活用だけでなく、鉄道、バス、LRT、デマンド型バス・タクシーなどとの連携による途切れのない移動支援サービスについて考えることが必要である。またそれだけでなく、連携によって、こうした公共交通機関の抱える問題点を補完し合うことが欠かせない。上述のパーソナルモビリティの無人配車が可能となると、オンデマンド性による待ち時間の解消やモビリティシェアによる駅周辺の自転車放置問題解消などにもつながる。

その他、現在でも使われている観光ツアーやパトロール以外にも、パーソナルモビリティの形態に合わせて、今後いろんな活用シナリオが考えられるであろう。このように、パーソナルモビリティの普及が地域社会の構造に変化をもたらし、住みやすい街づくりに貢献することを期待して、次章では、パーソナルモビリティを社会実装するためのロードマップについて、シェアリングの取り組みなどを例に挙げて論じてみたい。

①パーソナルモビリティでユニバーサルな移動をつくる