道路の民俗学

畑中 章宏

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畑中 章宏
畑中 章宏 (はたなか・あきひろ)
作家・民俗学者・編集者。 1962年大阪府出身。著書に『柳田国男と今和次郎』『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『天災と日本人』(筑摩書房)ほかがある。

民俗学の道

「自動運転の論点」という来たるべき時代を視野に入れた新しいメディアで、民俗学という学問領域、学問方法が、どのように機能することができるか。そこで考えのは、「道」について書いてみようということだった。ではこれまで、「道の民俗学」「道のフォークロア」といった書物があったか、なかったか。

民俗学の創始者である柳田国男の後期の代表作は日本列島人のルーツを南方に探った『海上の道』だった。『忘れられた日本人』で知られる宮本常一には、『山の道』『川の道』という書名の編著があり、「塩の道」という魅力的な中篇がある。また前半生を綴った自叙伝は、『民俗学への道』と題されていた。

しかし「道の民俗学」という、いかにもひなびた標題では新しい時代にふさわしくない。そこで私は小考して「道路の民俗学」とそらんじてみた。

「道路の民俗学」はおそらく、“人間以前”の道から歩き出し、人間が造り、歩き、走り、乗り物に乗って移動してきたさまざまな道をたどってくことになるだろう。そうして最後に、自動運転によって導かれた自動車が、どんな道路を、どのように走ることになるかまで辿っていきたいと思う。なお「道路の民俗学」は人類学者山口昌男『道化の民俗学』を少し意識している。

今回は「道史」「道路史」の先駆けというべき仕事を、挨拶代わりにいくつか紹介してみたい。

「日本最古の道」

考古学の立場から「道」や「道路」の歴史を考えたものとして、藤森栄一の本をすぐ思い浮かべた。

藤森は1911年(明治44年)長野県諏訪市生まれ。諏訪考古学研究所を開設して遺跡の発掘調査にあたり、数多くの論文・著作を発表。井戸尻遺跡群の調査成果などを踏まえて、「縄文農耕論」を提唱した。『銅鐸』で毎日出版文化賞、『心の灯』でサンケイ児童出版文化賞を受賞。没後は業績を記念して藤森栄一賞が設けられた。

藤森の著書のなかで最も名高いのは随筆集『かもしかみち』(1946年)である。道に迷いながら列島の歴史に思いをいたすエッセイは、多くの若者を考古学の「道」にひきずりこんだ。そしてその続篇というべき本に『古道』(1966年)がある。

『古道』のなかで藤森は、ナウマンゾウが踏みつけてできた「日本最古の道」について描く。ナウマンゾウの遺骸の最も多く発見されているのは瀬戸内海の古播磨湖層で、本州では東海道の浜名湖附近、東京湾岸、長野県千曲川流域などにも中心地がある。さらにその分布を追っていくと、北九州から関東に抜け、日本を縦断する凹地帯を伝い、東北・信越にも及んでいる。草と水に恵まれたこの広い谷は、ゾウたちが巨大な群を形成し、湖や盆地、草原に移動する広い帯のような道になった。

「ゾウの群れは、いくども、いくども、気象の変化を追って、南へ、ときには北へ、この長い地峡を縦断して往来した。そのあとからは送り狼のように、最初の日本人が追っていたのである」。

宮本常一は『塩の道』(1979年)でこんなことを書いていた。

民衆が歩いた道、私たちが踏みつけてできた道のなかで、村と村とをつないだ道には、塩のような生活の必需品を運んだ道があった。「それがだんだん大きくなっていって、今日のような道に変わってきた」。

宮本が日本列島を歩きながら考えた道については、これからの連載で繰り返しふれていくことになるだろう。

道の発生

道の誕生を全く別の観点から語った本がある。意外かも知れないがそれは、「ごん狐」や「手袋を買いに」の童話作家、新美南吉によるものである。

作品「家」(1940年)は、小さな村に住む「子供」が、家の外の世界をどのように認識していくかがテーマになっている。外の世界にたいする子供の認識は、家の隣りの駄菓子屋へ行くことから始まり、家の裏と横の樹木、向かいの家、その南にある井戸、その南の鍛冶屋というふうにひろがっていく。

畑中 章宏

子供が8歳になったある日、止まった柱時計を直しにいくため、父親と遠い村の時計職人のところへ向かっていった。いくつもの集落を通り過ぎていきながら、子供は「道は一本だけではない」というふうに感じた。そして、若くして死んだ優しい姉から聞いたこんな話を思い出した。

道はむかし、箒のような姿をしていた。そういう道が2人いて、自分たちが「欲しいもの」を探すため、左右に別れて旅立った。世界じゅうの町や村を訪ね歩いたけれども、2人は、「欲しいもの」を見つけることができないまま再会した。そして2人の道が旅していった後には、2人がひきずっていった箒の跡がついた。いまではその跡を「道」と呼ぶのである──。

考古学の「道」、民俗学の「道」、不思議だけれど強く印象に残る童話の「道」。私も自分なりに「道」と「道路」をたどっていきたいと思う。

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畑中 章宏 (はたなか・あきひろ)
作家・民俗学者・編集者。 1962年大阪府出身。著書に『柳田国男と今和次郎』『『日本残酷物語』を読む』(平凡社)、『災害と妖怪』(亜紀書房)、『蚕』(晶文社)、『天災と日本人』(筑摩書房)ほかがある。