自動運転から読みとく国内旅行市場の再生

塩谷 英生

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塩谷 英生
塩谷 英生 (しおや・ひでお)
筑波大学で計量経済学を専攻後(経済学修士)、1989年日本交通公社入団。専門分野は観光統計、経済効果、旅行市場、訪日市場分析等。国の調査として「旅行・観光産業の経済波及効果に関する調査研究」「訪日外国人消費動向調査」、地域では沖縄、釧路、東京都等で観光統計や経済効果調査を企画・実施してきた。現在は観光財源や自動運転車をテーマとする自主研究も進める。共著に『観光地経営の視点と実践』等。筑波大学非常勤講師。

技術革新が産み出す新たな交通モードの登場とそれを支える交通インフラの整備は、旅行市場の成長に大きなインパクトを与えて来ました。古くは、江戸時代の西廻り航路や五街道の整備に始まり、それに続く明治から昭和初期にかけての鉄道網の整備が人の移動を活発化し、高度成長期における自家用車の普及や、高速道路、新幹線、地方空港といった大規模のインフラ整備は、旅行需要の急拡大に大きく寄与しました。今後も北海道や北陸といった整備新幹線の開業やLCC路線の増加等が旅行市場に影響を与えると考えられますが、注目すべきは新たな交通モードとして登場する「中央リニア新幹線」、そして「自動運転車」です。とくに自動運転車については、安倍首相が2020年東京オリンピックまでの実用化の方針を打ち出し、早期実現に向けた取り組みが加速しています。この新たな乗り物は、人々の旅行をどのように変えるでしょうか。また、旅行と産業、市場のあり方、地域との関わり方は変化するでしょうか。

自動車と旅行の動向は強くリンクしています。足元の旅行市場に目を向けると、訪日旅行市場が急速な拡大を続けたとはいえ、2015年の観光消費額は訪日旅行が3.5兆円、国内旅行が20.4兆円となっており、観光経済の8割は依然として国内旅行に依存しています。そして、観光庁の「旅行・観光消費動向調査」によれば、国内の宿泊観光旅行の約半数が「自家用車」を利用しており、「レンタカー」の利用も7.3%に上っています(図表1)。

図表1. 宿泊旅行における交通機関利用率

図表1. 宿泊旅行における交通機関利用率

日本の旅行市場において、自動車移動の影響はすでに大きいといえるでしょう。しかし同時に、確実に進展する人口構造の高齢化による自動車旅行の危険性の高まりや、若年層の運転免許あるいは自動車保有率の低下が、国内旅行市場を停滞させるのではないかと懸念されています。

自動運転車はまず、こうした懸念への解決策として注目を集めています。高齢車による事故の抑制、バス・タクシー等も含めた交通不便地域における足の確保、所有からシェアリングへの移行といった効果を通じて、国内市場の足腰を強めることでしょう。さらに、交通渋滞によるストレスの緩和、二地域居住の促進、ICTと結びついた新たな観光サービスの創出は、観光需要の拡大に多面的に寄与するものと期待されます。

また、産業振興の視点で重要なのは、「旅行」という消費者の関与度の高い活動が自動運転車の購入や利用を後押しするコンテンツになるという点です。社会における自動運転車への許容度を高めていく上でも、旅行における安全性や快適性を強調し、新しい楽しみ方を提案することが今後一層重要になるでしょう。

一方で、自動運転と旅行の関係には、まだ誰にも予測できない事柄が多くあります。自動運転車の普及にはどれ程の安全対策とそのための財源を必要するのでしょうか。観光で流入する資金は、地域を潤す源泉になるでしょうか。

塩谷 英生

本稿では、統計資料や、質的調査といったデータを交えて、自動運転車が旅行市場に与えるインパクトを探っていきます。自動車旅行市場の現況と自動運転について整理した上で、人々の旅行活動への影響、観光地と地域の変化、関連産業のあり方について、多角的な視点から、具体的な影響のカタチを見ていきましょう。観光と交通の関係の来し方から、そう遠くはない未来に向けた小旅行へお付き合いください。

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筑波大学で計量経済学を専攻後(経済学修士)、1989年日本交通公社入団。専門分野は観光統計、経済効果、旅行市場、訪日市場分析等。国の調査として「旅行・観光産業の経済波及効果に関する調査研究」「訪日外国人消費動向調査」、地域では沖縄、釧路、東京都等で観光統計や経済効果調査を企画・実施してきた。現在は観光財源や自動運転車をテーマとする自主研究も進める。共著に『観光地経営の視点と実践』等。筑波大学非常勤講師。

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