自動化をリードする空の視点村山 哲也

①自動化した空の優先権

2016.11.02

かつて空は自由だった。飛行機を操縦する者が思い通りに好きなところへ行ける時代は、航空需要の高まりと共に姿を消す。1930年、クリーブランド空港に初めて無線交信機能を備えた航空管制施設(空港にある管制塔の前身)が建てられて以来、航空機の運航と航空管制は、自動化に向けたシステムと法整備の構築を続けてきた。空中で正面衝突する寸前の飛行機に対して回避指示をするのは、私が以前お世話になった国土交通省の航空管制官ではなく、航空機相互間の位置、速度、姿勢を認識して最も効率良く危険状態を回避する措置をパイロットに促す自動システム(TCAS)である。その他にも、前が見えないほど霧が立ち込めた空港に着陸が可能な飛行方式は、自動操縦で着陸することが必須要件となっており、「何も見えなくても滑走路への着陸は容易いが、問題はターミナルまで地上を走行できるかどうか」というジョークが流行るほど、自動化されたプログラムの操縦に人命は預けられている。

航空管制官は航空機の運航において、自動化できない部分を請け負って判断することが主な役割といえる。おおむね、それは優先順位を決することであるが、判断の基準や材料は、世界で最初の航空管制官と言われるアーチー・リーグ氏の頃から何も変わっていない。アーチー氏は手押し車の上に椅子とテーブルを置き、日差しよけのために巨大なパラソルを広げ、他に持ち物はメモ帳と2種類の旗だけで航空機に指示を送った。滑走路の横で空に向かって旗を振っている彼の姿を想像して読んで頂ければ、航空管制がいかにシンプルで奥深い業務か実感できるだろう。

大空を眺め、周囲の音を聞き、様々な方向から着陸に向けて高度を下げつつ向かってくる航空機を見つける。ときに別々の方向から同じようなタイミングで到着機がかち合えば、赤い色の旗を振って着陸できない意思を示して優先権がないことをパイロットに伝えた。やがて業務に慣れてくると、建物や山など飛行機を探すときの目印を自分で定め、そこから滑走路に着陸するまでの正確な時間を計測したはずだ。航空機の種類と名前、機体の大きさ、エンジンの性能、パイロットの慣熟度合いを把握し、目印となる仮想の点から点までの飛行時間を精密に予測するという管制業務の本質は、手旗信号から無線交信へ切り替わった現在の航空管制官に求められるスキルと全くもって同じである。

空の優先権を決める最初の原則は英語で“First come, First service”、日本語の先着順にあたる。レーダー画面上に映る航空機の位置を示す光の点が四方八方から空港に向かってくるときは、最初に到着できるであろう位置にいる航空機を優先して指示をする。無駄なく滑走路に飛行機を流し込む、というイメージがぴったりだ。公平で合理的な優先権のルールは空だけに適用される特別な考えではなく、人混みの中を歩くときや車の運転中でも自然と人間が判断して実践している。自動化が目指す先とは、人が作るよりも効率的な交通流の形成に他ならない。

航空機の運航では、システムに不測の事態が発生しても航空管制官とパイロットのコミュニケーションで乗り切っている。自動運転のアルゴリズムはその二人一役を買って出た。自動運転車が飛行機から“世界一安全な乗り物”の称号を取り上げるには、まずはアーチー氏に見習って、優先権を決定するために考慮すべきデータの選別と収集から始める必要がある。

①自動化した空の優先権