自動運転に必要な道路大口 敬

①自動運転で高速道路の交通渋滞はなくなる?

2017.02.07

交通渋滞は、車に乗る人の悩みのタネだ。通勤で渋滞に引っかかると会社に遅れるのではないかと苛立ち、旅行中に交通渋滞で時間を取られれば車内の雰囲気も悪くなる。年末年始や行楽シーズンには高速道路の交通渋滞はつきもので、交通渋滞を恐れて車での遠出を諦めることもあるだろう。

高速道路は、往復交通を分離し、カーブや勾配の限界を緩やかにして、自動車の安全で高速な移動が可能なように、特別に設計された道路だ。それゆえ、高速道路には多くの交通需要が集まり、交通渋滞は、大都市周辺では慢性的に、また行楽シーズンには地方部でも発生する。そして安全で高速に走行できるはずの高速道路に交通渋滞が発生すると、低速な車列が形成され、最後尾では大きな速度差が生じて、後続車のブレーキが間に合わずに追突してしまう。このように交通渋滞は交通事故につながる可能性もあり、その社会的損失は膨大だ。

自動運転車には、これまで完全に解消されることのなかった高速道路での交通渋滞を、ついになくしてしまうのではないか、という期待がかけられている。実際、「自動車」専用の高速道路への自動運転の導入は、一般道に先行して行われるだろう。運転の自動化技術は、高速道路での交通渋滞を解消し、交通事故のリスクを大幅に低下させることができるだろうか。

日本の高速道路での交通渋滞は、車線変更時や車両合流地点で起こることは少ない。むしろ車線数が変わらず車線変更が不要なのに生じる「単路部ボトルネック」が、高速道路の交通渋滞発生原因の8割に達する。

単路部ボトルネックの最大の要因は、「サグ(sag)」と呼ばれる、下り坂から上り坂へと勾配が変化する区間での運転にある。サグ部の勾配変化が緩やかであるために、運転者はこの変化を意識することができない。変化前の勾配条件のつもりで運転することで、僅かな速度低下が生じる。つまり、運転手は下り坂を走行しているつもりで運転を続けるが、実は勾配は上り坂に変化しているため、車両の走行速度は低下する。前方車も自車より先に速度低下しており、運転者は車間距離を維持しようとして、さらに速度を落として調整することになる。この行動が次々と後続車へ伝搬することで、後続車ほど大きな速度低下を引き起こし、やがて交通渋滞が発生してしまう。これがサグで交通渋滞が発生するメカニズム、「単路部ボトルネック」である。

サグ

サグ

自動走行車両が増えるとサグ部における交通渋滞は削減、解消するか? 実は車線変更せずに前方車との車間と速度を自動調整するACC(Adaptive Cruise Control)はすでに実用化され、また非常時の急ブレーキが自動でかかる衝突被害軽減(PCS:Pre-Crash Safety)ブレーキも急速に普及している。つまりこれらの車両が増えて、交通量の多い状況でACC機能をONにして走行すれば、高速道路上に自動走行する車両列を形成することは今でも既に可能である。

しかしACCもPCSも、速度低下の後続車への伝搬を防ぐようには設計されていない。またサグのような勾配変化を予見し、その影響を未然に防いで速度低下を起こさせないような制御ロジックも存在しない。そのため、勾配影響による僅かな速度低下とその影響の後続車への伝搬は自動走行車両であっても完全に防ぐことはできず、交通渋滞が発生する可能性がある。近年ではこうした速度低下が生じにくいACCも増えているが、それでも速度低下をゼロにすることは原理的にできない。また、自動走行が高度化して、人間より遙かに車間を詰めて走行して交通容量を増やしても、上記のサグで速度低下が僅かでも発生するなら、この交通渋滞防止には無力である。

自動運転だけでは交通渋滞はなくならない。サグ部での交通渋滞を解消するためには、自動運転技術に加え、あらかじめ道路の形状を予測するシステムが必要だろう。実際に、極めて高精度な3次元道路地図と、車両位置の高精度測定技術が自動運転を支える技術として開発されている。であれば、ACCによる速度制御ロジックに、自車位置とその先の道路勾配を地図情報から先読みし、勾配影響を相殺するような制御ロジックを組込んで、勾配変化のない平らな道路を走行するのと同じように速度を維持できるような技術開発も実現可能なのではないか。この「勾配変化影響自動相殺機能」を全車両が搭載すれば、単路部ボトルネックを原因とする8割の交通渋滞は完全に解消できるはずだと筆者は考えている。

これを実現するために、交通渋滞が発生しそうな交通状況の閾値を定めるために必要な計測とアルゴリズムの適切な組合せを確立しなければならない。その中には、交通事故や自然災害時などの判定機能や、風雨雪などに応じた調整機能も必要である。またACC搭載車両であっても、その機能をONにしているとは限らない。そのため、この閾値を超えたらACC機能をONにしてもらえるよう、例えば路車協調型システムで、道路側で交通量を検知するといった適切な情報提供の手段や、料金割引などのインセンティブを引き出す仕組みも必要となる。あるいは強制的にONになるようなシステムとこれを許容する制度が必要となる。

しかし、以上の仕組みの実現は容易ではない。道路交通システムだけではなく、制度・法律上の変更も必要とされるからだ。全車両に搭載してもらうには「車載装置の義務化」が考えられるが、車両保安基準などの改正が必要で、かつその不法改造などに対して適切な抑止策も講じなければならない。また、サグ部で自動運転機能を全車ONにさせるようどこが指示するのか、高速道路会社なのか、交通警察なのか、責任と権限の関係は大変複雑である。また、料金割引などによるインセンティブ策は有料道路制度とも関係してくるが、恒久的な施策として実現することは今の制度のままではできない。

以上の仕組みを全車両に導入すれば、高速道路の交通渋滞の8割を解消させ、さらに低速列末尾への追突事故も大幅低減が見込める。全車両導入の効果を適切に見積もることは、自動走行システムの持つ一つの大きな意義を社会全体で理解し、その実現可能性を考えるきっかけになるはずだ。

①自動運転で高速道路の交通渋滞はなくなる?