人の移動をつくる観光遠藤 英樹

①多様化する観光のかたち

2017.01.30

1. 近代的な観光の誕生からマスツーリズムへ

本城靖久『トーマス・クックの旅──近代ツーリズムの誕生』(講談社現代新書)によると、近代的な観光のかたちが形づくられたのは、イギリスでトーマス・クックが団体旅行を企画したことにまで遡る。トーマス・クックはプロテスタント・バプティスト派の布教師で、禁酒運動を展開する一人でもあった。1841年クックは禁酒運動の大会に信徒を多数送りこめるようチケットをできるだけ安く一括手配するべく、ミッドランド・カウンティーズ鉄道会社を訪れパッケージツアーを企画した。これ以降、アルコールの摂取にかわる健全な娯楽を提供するという趣旨で、彼は世界初の旅行代理店トーマス・クック社をたちあげ、近代的な観光のかたちをつくりだしたのである。

パッケージツアーによってチケットを大量に仕入れ薄利多売することで、それまで上流階級に限定されていた旅行が大衆のものとなった。マスツーリズムの出現である。マスツーリズムによって、誰もが旅行を比較的安価で気軽に楽しめるようになった。マスツーリズムこそが多くの人びとに旅行の楽しさをもたらしたのである。

2. オールタナティブ・ツーリズムの模索

だがその一方で、マスツーリズムは観光の名のもとに地域の自然、文化、生活などを破壊してきたことも否めない。たとえば観光客がある地域を大挙して訪れ、たくさんのゴミをそのまま残し自然環境を破壊したり、地域の生活を覗き見ることで住民たちを苛立たせ普段の暮らしが営めなくなったりすることが指摘されてきた。

こうした反省のうえにたち、マスツーリズムにかわって、これからの観光のあり方を模索しようという動きが1980年代以降見られるようになった。マスツーリズムに代わる新しい観光は、当初「オールタナティブ・ツーリズム」(英語で「オールタナティブ(alternative)」とは「(マスツーリズムの)代わりになる」という意味である)と呼ばれていたが、何をもってマスツーリズムの代わりになるのかは明確でなかった。

これが明確になりはじめるのは、1990年代からである。1987年「環境と開発に関する世界委員会」(委員長:ブルントラント・ノルウェー首相(当時))が報告書「われわれの共通の未来(Our Common Future)」を公表した。その中で中心的な考え方として、「持続可能な開発」という言葉がとりあげられた。これは「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」のことを言う。この概念は、環境と開発を互いに反するものではなく共存し得るものとしてとらえ、環境保全を考慮した節度ある開発が重要だという考えに立つものである。この「持続可能な開発」の考え方を受けて、観光の領域でも「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」がこれからの観光のあり方として重要ではないかと考えられるようになる。

「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」の基本理念としては、①「持続可能であること(サステイナビリティ)」と、②「ソフト・ツーリズムであること」を挙げることができるだろう。①「持続可能であること(サステイナビリティ)」とは、地域における自然・文化環境を保全してこそ、観光は子どもたち、孫たちの世代にまで持続可能なものとなるという考え方である。②「ソフト・ツーリズムであること」とは、地域住民とツーリストとの相互理解を重視し、訪問先となる観光地の文化的伝統を尊重するとともに、可能なかぎり環境を保全していこうとする考え方である。地域の自然、文化、生活などを破壊することに手をかしてきたマスツーリズムに代わって、これからの観光のあり方として、こうした「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」が大切だとされるようになるのである。

では、具体的にどのような観光が「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」に分類されるのだろうか。その一例として「エコツーリズム」がある。これは自然環境の保全を強調する観光で、①自然にもとづいた活動が行われ、②インタープリターたちによって自然環境をめぐる教育的かつ解説的な活動が展開され、③持続可能な管理・運営が行なわれていることを条件とする。西表島をめぐるツアーなどはこれにあたる。

また「グリーンツーリズム」も「持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズム)」に分類されるものだ。「グリーンツーリズム」は、観光客が農作業体験をしたり、ホスト側の農家の人びととコミュニケーションを深めたりして、農村地域での生活や文化を理解しようとする観光のことを言う。現在、大分県安心院町や奈良県明日香村で行われている観光がこれにあたる。

さらに「スタディツアー」もその一つだと言えるだろう。これは、発展途上国の現状、自然環境破壊の現状など、社会の現実を知り学ぶことを目的に行われる観光で、NPO、NGO、宗教団体、学校などが主催し、スラム、被災地、自然環境が破壊された地域、難民キャンプなどへ行ったりするものである。

3. 多様化する観光

さらに2000年以降、次々に新たなかたちの観光が生み出されるにいたっており、観光は多様化の様相を見せるにいたっている。たとえばアニメの舞台となっている場所を自らが探し出し、アニメのキャラクターの行動や気持ちを追体験するために観光する「アニメ聖地巡礼」も、そのひとつである。この「アニメ聖地巡礼」では、地域をただ見て回るにとどまらず、観光客が地域で行われるイベントに積極的に参加したりすることで地域住民と交流を深めたりもする。

また津波や地震等の自然的災害、テロや虐殺等の人為的災害といった、災害の場所を訪れ、その場所で生きてきた人びとの悲しみや苦しみを観光客も主体的に共有しようとする「ダークツーリズム」も展開されるようになっている。「ダークツーリズム」とは、災害の場所を単に「負の<遺産>」と見る観光ではなく、同時代を生きる自分自身と結びつけながら考えていくという観光のかたちである。他にも、海外の医療施設で専門的治療を受けるための「メディカル・ツーリズム」などもあり、まさに多種多様な観光が現在、展開されるようになっているのだ。

(立命館大学文学部・遠藤英樹)

①多様化する観光のかたち