技術および欧米自動車産業人事情報坂和 敏

⑦テスラの元幹部告訴でわかった2つのこと

2017.01.29

capture image: Chris Urmson: How a driverless car sees the road(TED)

「テスラがAutopilot(同社のADAS=先進型ドライバー支援システム)の元開発責任者を告訴した」というニュースが26日(米国時間)に主要な各媒体で比較的大きく取り上げられていた(文末【参照情報】に記した通り)。グーグル、マイクロソフト、インテルといった各社の四半期決算発表がなければ「テクノロジー欄トップの扱いはほぼ確実」といった感じの取り上げようである。告訴の主な理由は、機密情報の不正な持ち出し、並びにテスラ従業員の引き抜き(新会社への勧誘)とされている。ただ、この話題が興味深い理由は、告訴の具体的な内容よりもむしろ次にあげる2つの点にあると思われる。

その一つは、今回の一件に元グーグルのクリス・ウルムソン(Chris Urmson、昨年夏に退社していた自動運転車開発プロジェクトの元責任者)が絡んでいることであり、もう一つはテスラが今月に入ってAutopilot用ソフトウェア開発の新しい責任者を起用することになった理由が明らかになったことだ。そのあたりを明確にする目的も兼ねて、まずは今回の告訴に至った一連の出来事を時系列に沿って整理してみる。

 

ウルムソンのグーグル退社からテスラによる告訴まで

クリス・ウルムソンが「グーグル退社」を明らかにしていたのは昨年夏(8月はじめ)のことだったが、同社の自動運転車開発プロジェクトで比較的長い間「顔」的な役回りを勤めていた幹部の退社ということもあり、この人事のニュースはかなり大きな反響を呼んでいたかと思う。退社の理由は今ひとつよくわからない−−−持ち株会社制以降後に顕著になった新規プロジェクトに対する予算的な引き締めで、それまでのように自由に動くことが難しくなったためではないかとか、その後ウェイモ(Waymo)として分社化が決まった自動運転車プロジェクトでウルムソンが希望していた「完全自動運転車」(ハンドルやペダル類の付属しない車両)の実現が難しくなったためではないか、あるいは元同僚のアンソニー・ レバンドウスキィ(Anthony Levandowski)らが立ち上げたオットー(Otto)が創業から半年あまりでウーバーに買収された−−−しかも推定約7億ドルという評価額で−−−ことに刺激されたためではないかなど、いくつかの可能性は示唆されていたはずだが、無論当人が本音を明かしたりはしていない。

(ウルムソンのTEDでの講演)

 

さて、このウルムソンが退社発表から間もない8月中に、今回テスラから訴えられたスターリング・アンダーソン(Sterling Anderson)という元幹部と早くも話をし、それを元に自分たちのベンチャー立ち上げに動いた・・・今回のニュースを伝えた記事の中にはそんな説明がある。ちなみにこのベンチャーには「オーロラ・イノベーション(Aurora Innovation LLC)」という名前がつけられているようだが、立ち上げの正式発表がまだのせいか、それらしいウェブサイトは今の所見つからない。

スターリング・アンダーソンは昨年2月から今月初めまでAutopilotシステムの開発責任者を務めていたテスラ幹部。昨年2月に出ていたelectrek記事によると、アンダーソンはかつてMITのRobotic Mobility Groupで自動運転システムを研究していた経歴の持ち主であり、テスラでは「Model X」のプロジェクト・マネージャーとしての功績−−−難産だった同プロジェクトをなんとか出荷までこぎつけさせた−−−を買われて、Autopilotの開発責任者に起用されたそうだ。

 

(アンダーソンのTEDxでの講演)

 

グーグル退社後の身の振り方に注目が集まっていたウルムソンが「どうやら自分たちでベンチャーを立ち上げる準備を進めているようだ」というニュースがRecodeで報じられていたのが昨年12月のことだった。今回のテスラによる告訴を伝えた記事の中には、ちょうどこの時期にアンダーソンがテスラに退社の意向を伝えていたこと、またその際に「(最近リリースが始まった)Autopilotソフトウェア最新版のリリースを見届けてから退社する」との約束をしていたことなどが記されている。テスラ側ではこの退社届け提出を受けて、後述の後任探しに動いたものと思われる。

アンダーソンは退社の準備を進めつつ、テスラの同僚を自分たちの新会社に勧誘したが、この動きが年明け(1月3日)に発覚し、翌4日にテスラから解雇された。勧誘が発覚したのは、声をかけた3人のエンジニアが揃って退社の届けを出したためとされている。

さらに、1週間後の10日には、アップルでソフトウェア開発ツール「Xcode」やプログラミング言語「Swift」の開発を手がけたことなどで知られるクリス・ラトナー(Chris Lattner)という幹部が、テスラに移ってAutopilotプロジェクトの新しい責任者になることを明らかにしていた。なお、テスラにはAutopilot関連のHardware Engineeringチームというのがあり、この責任者を務めているのがJim Kellerという一部で有名な半導体エンジニア(アップルのiOS端末に搭載される「Aシリーズ」SoC(System-on-a-chip)などを設計した人物)というのは一部で知られた話である。

上述のRecode記事には、ウルムスンがグーグルと取り交していた契約の中に「同僚の引き抜きを禁じるもの(non-solicitation agreement)」があるとの一節がある。また、在籍時に得た機密情報や知財を退社後の新しい職場で使うことを禁じたもの(invention assignment agreement)も含まれているという。今回アンダーソンがテスラから訴えられたのも、おそらく同様の契約に違反したと判断されたためだろう。

ただウルムスンの場合は(潜在的な)競合相手への移籍もしくは立ち上げを禁じたnon-compete agreementには拘束されないともあって面白い。今時そうした縛りを受け入れるよう要求していては優秀な人材は獲得できないということだろうか。

 

ウェイモと競合しそうなオーロラの事業

このRecode記事中にはまた、ウルムスンがアンダーソンらと立ち上げるベンチャーについて、事業の方向性などを示唆するヒントも出ている。それによると、オーロラ・イノベーションがやろうとしているのは、自動運転車に関わるソフトウェア、ハードウェアならびにデータ関連技術の開発で、同社では開発した技術をフルパッケージとして既存の自動車メーカーに売り込み、それぞれのメーカーが独自にカスタマイズできるようにする、といった形を想定しているようだ(ただし現時点では流動的との但し書きもある)。

Recodeでは、よく似た例としてGoogleによるAndroid関連の取り組み(ソフトウェアの開発・提供に加えて、ハードウェア=リファレンスモデルの開発も)を引き合いに出しているが、ウェイモがやろうとしていること(自動運転のソフトウェア及びセンサー類などの開発と自動車メーカーへの提供)とも相通じるところが感じられる。また、オーロラが自動車メーカーに対して自動運転関連技術のサプライヤーに徹するとなれば、今のところ立場がどことなく曖昧なウェイモに比べてむしろ商売がしやすいかもしれないとも思えるが果たしてどうだろうか。

 

【参照情報】
Tesla Sues Former Autopilot Director for Improper Recruiting – WSJ

Tesla Sues Former Director of Autopilot, Alleging Stolen Secrets – Bloomberg

Tesla is suing its ex-Autopilot director for allegedly poaching employees and stealing confidential information – Recode

Tesla sues former Autopilot head for theft of secrets and employee poaching – The Verge

Google’s self-driving car CTO Chris Urmson departs – The Verge

Tesla names former MIT researcher and Model X manager new ‘Director of Autopilot Programs’ – Electrek

Google’s former car guru Chris Urmson is working on his own self-driving company – Recode

Tesla hires creator of Swift programming language from Apple to lead Autopilot software – Electrek

 

 

⑦テスラの元幹部告訴でわかった2つのこと