技術および欧米自動車産業人事情報坂和 敏

⑧トランプ対応でしくじったウーバーCEOの誤算

2017.02.08

ドナルド・トランプ米大統領の経済に関する指南役を買って出るとしていたトラヴィス・カラニック(ウーバーCEO)。そのカラニックが、ドナルド・トランプによる移民入国制限の大統領令発令をきっかけに生じた反発の声に押される形で、結局一度も会議に出席することなくこの指南役を降りた。先週終わりにあった出来事だが、現在トランプ政権と「全面抗争中」の大手媒体などではとくにこのニュースが大きく取り上げられていた。それらの記事からは、企業経営者にとって政治との関わり方、権力者の距離の取り方がいかに難しいかという点が伝わってきて実に興味深かった。カラニックの指南役辞退がウーバーの経営やとくに自動運転車の開発に関する取り組みにどう影響するかなどはまだ予想もつかない。ただ、自動運転の分野でも無視できない存在となったウーバー、その先行きに影を落としそうな出来事として、今回はこのカラニックのつまずきについて少し記してみる。

辞退に至る背景

シリコンバレーはオバマ政権時代からほぼ全面的に民主党支持できており、たとえば大統領(候補)戦中には、インテルCEOのブライアン・クラザニックが個人の資格でトランプの選挙資金集めのパーティを開こうとしたが、社内外からの反発を恐れた部下の進言などもあり、このパーティを中止したといった出来事もあった。またトランプを支持する団体に多額の寄付を行ったとして、オキュラス(フェイスブック傘下のVR企業)共同創業者のパルマー・ラッキーという若者が槍玉に挙げられたこともあった。

そうした背景もあり、トランプの大統領当選後も、主だった各社の幹部はひとことでいうと静観の構えを見せていた。12月にトランプ側からの声がけで開かれた懇談会には、アップル、グーグル、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックといった各社のトップが顔を揃えていたが、これも「呼ばれたからには顔を出さざるを得ない」といった印象を強く受けるものだった。この懇談会の際に撮影された写真のなかに、ティム・クックのどこか苦虫を嚙みつぶしたような硬い表情を捉えたものがあったが、あれを目にした時には気の毒ですらあり、「人種や性による差別を容認するよう連中といっしょにいて、キング牧師を自分のヒーローと公言するクックが居心地良いはずはない」と思わせられた。

そうしたなかで、トランプの相談役・経済に関する指南役を自ら買って出た起業家がふたりいた。イーロン・マスクとカラニックのふたりである。

マスクのほうは、経営するスペースXがNASAを顧客としていたり、あるいはテスラのほうでも行政からの補助金を抜きにして考えられないなど、政府とは関係の深い事業をしている。また旧知のピーター・ティール(ペイパル仲間)がトランプに肩入れしていた関係もあって、そのティールから経済に関する諮問委員会(Strategic and Policy Forumという)への参加を頼まれていたのかもしれない。「地球温暖化は中国の吹聴したデタラメ」などと公言してきたトランプに対して、「自分が直接話をしにいって、わからせる」とマスクが考えたかどうか・・・そのあたりの真相はよくわからない。

そういうマスクに比べると、カラニックの参加表明はかなり意外なものと感じられた。ウーバーといえば、それまで各地の行政などと角突き合わせることこそあったものの、自分のほうから積極的にお上に擦り寄るといった話を聞いたことがなかったからだ。もっとも、損得勘定の点でみるとカラニックにも「トランプと関係づくりがプラス」と思えることはいくつもある。昨年夏にあった「中国市場からの撤退」を思い出せば、今後の海外進出を視野にいれて「政治的な後ろ盾」をつくっておこうとカラニックが考えたのかもしれない。あるいは、ウーバーがとの契約条件(自営業者との契約か、それとも事実上の雇用か)を巡って各地でもめていることを考えると、そうした部分についてワシントンから影響力を及ぼせるようにしておきたかったのかもしれない。これからいろんなことが決まってくる自動運転分野についても同様のことが考えられそうだが、いずれにせよ自らの経営する企業の利益を最大化するのがトップの役目だとすれば、そのために不人気な為政者にすり寄ったとしてもとくに責められる点はない。

主要なステークホルダーが揃って反発

1月下旬にトランプが移民入国制限の大統領令を発令したことで、シリコンバレーの各社はそれまで維持していた静観の構えを捨てざるを得なくなった。マーク・ザッカーバーグ(フェイスブックCEO)の「懸念表明」の投稿や、ティム・クックの社内向けメモなど、最初は控えめなものが目立ったが、そのうちにスンダル・ピチャイ(グーグルCEO)やサーゲイ・ブリン(アルファベット創業者)の抗議集会参加とか、あるいはマイクロソフトやアマゾンによるワシントン州政府の支持(大統領令を違法として州の司法長官が提訴していた)などの動きも起こった。またこれらの動きと前後して「#DeleteUber」というハッシュタグ付きのメッセージがTwitterやFacebookで出回った。ウーバーのサービス利用ボイコット運動である。

このウーバー・ボイコットの直接のきっかけが何だったかはわからない。大統領令の出された翌日夕方に、ニューヨークのタクシードライバー組合(組合員のなかには移民が多い)が抗議のストライキを実施した際に、ウーバーがサービスを停止しなかった(事実上のスト破り)ことが原因という話もある。また競合するリフトがさっそくACLU(人権保護団体)の活動を支援すべく100万ドルの資金提供を打ち出したのに対し、ウーバーのほうはカラニックが大統領令の影響を受けるウーバードライバーの支援をする考えなどを明らかにしたのにとどまり、この消極的な姿勢に利用者が反発したことがきっかけという報道もあった。いずれにせよ、ウーバーアプリの利用者はこの週末に大きく減少し、一部には20万人も減ったという推定もある。

ウーバーといえばこれまで、各地の行政などと軋轢が生じた際、利用者の圧倒的な支持を背景として、自らの考えを押し通したことで知られる。BloombergのBrad Stoneがまとめた書籍の抜粋のなかには、カラニックが利用者に呼びかけて行政などにものすごい圧力をかけたワシントンDCでの例などが記されている。この利用者のパワーの矛先が今回の件では自社のほうに向かってきたというのは何とも皮肉なことと思える。

またNYTimesでは、ウーバードライバーのなかにも移民が少なくなく、これらのドライバーの間からもウーバーの対応ぶりに批判の声が上がっていたとし、さらに週明けにはウーバーの車内でこの問題をめぐって全社集会が開かれ、そのなかでカラニックに対して「どうすればトランプの指南役から降りてもらえるのか」などと詰め寄る社員もいたと伝えている。

利用者、ドライバー、社員と主だったステークホルダーから反発・抗議の声が上がったことで、超強気で知られるカラニックでもさすがにこれ以上は指南役の正当化を続けられない、となったと思われる。

自動運転への影響は未知数だが

カラニックがトランプの指南役を降りると発表したことで、ウーバーに対するボイコットの動きはとりあえず沈静化したようだが、これでこの問題がきれいに片付いたというわけではない。

同社にとって、当面最大の問題は人材の確保やつなぎとめに関することかもしれない。これは自動運転関連に限ったことではないが、今回の騒動で働き先としてのウーバーの魅力がとくに優秀な人材にとって減じた可能性も考えられる。

また政権との関係では、経済諮問委員会のメンバーに、テスラのイーロン・マスクやGMのメアリー・バッラ(CEO)が残っている点もカラニックにとっては気がかりな点かもしれない(ただし、このあたりについて考えるための手がかりはまだ目にしていない)。

評価額が推定690億ドルと、GMやテスラの時価総額を上回るレベルに達しているウーバー。これまでに100億ドルを超える資金を確保しており、売上のほうも今年は55億ドル前後まで増加する見通しとされる。その一方で、昨年は30億ドル近い赤字を出していたという話も伝えられていることから、決して楽な状況とはいえないかもしれない(中国に代わる新たな市場も見つかっていない)。そうしたなか、今回の騒動が同社の今後にどんな影響を及ぼすのかに要注目といったところだろうか。

 

【参照情報】
Uber C.E.O. to Leave Trump Advisory Council After Criticism – NYTimes
Uber Technologies CEO Travis Kalanick Leaves President’s Business Council – WSJ
Uber CEO Leaves Trump’s Advisory Council Amid Controversy – Bloomberg
Uber CEO Travis Kalanick is leaving President Trump’s business advisory council – Recode
Uber CEO bows out of Trump advisory council after users boycott – The Guardian
Uber CEO Travis Kalanick tells employees he’s quitting Trump advisory council – The Verge
#DeleteUber reportedly led 200,000 people to delete their accounts – The Verge
Elon Musk explains why he won’t quit Donald Trump’s advisory council – The Verge
Elon Musk Says He Steered Friday’s White House Talk to Travel Ban – WSJ
Uber’s Loss Exceeds $800 Million in Third Quarter on $1.7 Billion in Net Revenue – Bloomberg
The $99 Billion Idea: How Uber and Airbnb Won – Bloomberg

⑧トランプ対応でしくじったウーバーCEOの誤算