アメリカの本音長野 美穂

②EVを愛する者たちの悲喜こもごものドラマ

2017.01.31

カリフォルニア州、サンタモニカ。青い空にヤシの木が映えるこの街のビーチには、世界中からやってきた観光客たちがひしめいている。ビーチボーイズが歌ったようなサーファーカルチャー全開のこの街は、実は、全米一の電気自動車(EV)先進都市を目指している。

まず、EV専用ステッカーが貼ってある電気自動車は、市内の路上のパーキングメーターに無料で駐車できるという特典がある。さらに、最近では市内のスタートアップ企業がEV車のカーシェアリングサービスを「2時間まで無料」で客に提供している。2時間までなら何度乗ってもタダだから、有料であるウーバーを使うより断然お得なのだ。

さらに、市内に一軒家を持てるほどリッチで、かつバリバリの環境派のサンタモニカ市の住民たちは、日産リーフなどのEV車や、GMのシボレーボルトなどのプラグインハイブリッド車をこぞって買う。それを自宅の庭や車庫で夜の間に充電し、毎日の通勤の足として使うのだ。

環境派の住民にとっては、「電気自動車=クリーンで正義」「ガソリン車=排ガスで空気を汚す悪」という価値基準がはっきりあり、自らの愛車のおしりから、排ガスを垂れ流さないことが自慢なのだ。クリスマスパーティーなどでは「いつまでガソリン車乗ってるつもり?EVに買い換えたら?ガソリン車より安いよ」という発言をするサンタモニカ住民が必ずひとりはいる。

EV車はガソリン車より安い──。これは場合によっては、本当であることもある。カリフォルニア州はEV車普及のために、優遇制度を設けている。例えば日産リーフやテスラ車を買うと、2500ドルがリベートとして州から還元されるしくみだ。

一方、ガソリン車を買っても州から何のリベートももらえない。EV車の場合、さらに連邦政府からも還付金を7500ドルもらえる。EV車がいかに環境とお財布に優しいかを力説するオーナーの前では、「いまだにガソリン車乗っててすみません」という罪悪感さえ感じさせられてしまうのが、カリフォルニアという土地柄なのだ。

だが、アパート住まいで、マイカーを毎晩路駐しなければならない私のような人間は、もしEVを買ったとしても、肝心の夜間充電ができない。それでは毎日の「足」として使えず、意味がない。つまり、一軒家を所有できるようなリッチ層以外の、フツーの住民にとって、EV車はまだそう現実的ではないのだ。ちなみに、サンタモニカ市内の一軒家の価格の相場は軽く1億円以上。つまり、EV車を気軽に買って使える層とそうでない層の経済格差がとてつもなく大きいのが問題だ。

そんなサンタモニカで、市が主催する「オルタナティブ・カー・エクスポ」が昨年秋開催された。「オルタナティブ」とは、「従来のものではない」という意味。つまり、ガソリン車ではないクルマを集めたエクスポを、市がスポンサーして開催するという「EV車押し」のイベントなのだ。

自動車業界の専門家たちが登壇する中、あるパネルディスカッションが度肝を抜かれるほど面白かった。『Who Killed the Electric Car?』というドキュメンタリー映画を撮影し2006年に公開した映画監督クリス・ペイン氏が壇上に登場した。このドキュメンタリー映画、私は見たことがなかったのだが、アメリカ初のEV車の誕生と死、その背後の闇を描いた話題作だったのだ。

GMが1996年に生産を開始した「EV1」という名の電気自動車。映像を見てびっくりしたが、これが実にカッコいい流線型のツーシーター車なのだ。GM車と言えば、キャデラックが有名で、ごついデザインをつい想像してしまうのだが、このEV1はコンパクトで、まるでマツダのスポーツカーを思わせるような流れる曲線のフォルムなのだ。しかも、電気チャージが完了すると最大90マイルも走るという、日産リーフにごくごく近い走行距離を誇っていた。このEV1が全米でリース販売されるや否や、環境派のアーリーアダプターたちの間で大ブームになった。

私はこれまで米国で自動車産業を取材していながら、このEV1について全く知らなかった。GMは、EV1によって全米の環境派たちの熱狂的な支持を獲得しながも、社のトップは「EVの需要はまだ極小。やはりガソリン車主体でいく」と決め、生産中止を宣言した。GMは2003年にはすべてのリース契約を打ち切り、1台1台を消費者の元から回収したのだ。

この裏には、排ガス規制に厳しいカリフォルニア州政府から「ゼロ・エミッションカーを作れ」と迫られてEV1を作ったGMの思惑が透けて見える。大型トラックなどのドル箱のガソリン車で巨大な利益を上げたいGMと、環境にこだわるカリフォルニア州政府のバトルは裁判にまで発展し、泥沼となった。

そんな中、GMはユーザーから回収したEV1をアリゾナの砂漠の中の自社施設で、ぺちゃんこに潰して廃車にしてしまった。潰されたEV1の山を秘密裏に撮影したのがペイン監督だった。GMのやり方に激怒したEV1ユーザーたちは、GMのカリフォルニア社屋の前で日夜ピケを張り「EV1を潰すな」運動を展開。逮捕者が出るまでの騒ぎになった。

そんな熱狂的なEV1ラバーズたちの中には、今でもEV1を密かに自分のガレージに隠し持っている筋金入りの愛好家もいるとか。そんな愛好家のひとり、チェルシー・セクストンさんは、若い頃、このEV1の販売チームの主要メンバーだった。今ではEV推進者として全米を回って講演もしている。

「今でこそGMはシボレーボルトというプラグインハイブリッド車を売っているけど、オイルチェンジなどの必要がなく、GMのディーラー網にメンテナンス利益をもたらさないEV1はGM社内では実は冷遇されていた」と語る。

EV1のリースが中止された2003年から14年経った今、EV時代は大きく変わった。グーグルやアップルなど先進的なIT企業の駐車場に行ってみると、当たり前のようにずらっと電気自動車が並んでいる時代になった。シリコンバレーのIT企業では、EVチャージステーションを無料で社員に提供することが福利厚生の重要なポイントで、それなしでは、優秀な社員をゲットできないのだ。

かつて密かにGMの施設に侵入し、EV1の「最期」を撮影していたペイン監督。彼の最新作、2011年のドキュメンタリー映画『Revenge of the Electric Car』では、かつてGMの会長を務め、GM内で一番のEVの推進者だったボブ・ルッツの極秘EV開発室の中や、彼の自宅内まで撮影できたという時代の変わりようだ。

EV1を廃車にしたデトロイトの自動車メーカーが、リーマンショックで倒産に陥り、テスラの参入でEVを作らざるを得なくなった──という場面がこのペイン監督の新作ではこれでもかと詳細に描かれている。さらに、デトロイトに挑戦をつきつけたテスラのイーロン・マスクが、資金繰りに苦しみ悩む様子を彼の自宅の中に入ってつぶさに撮影している。

パネルディスカッションに登壇したGMシボレーのシャド・バルチ氏ははこう言った。「倒産後、ウチの会社は本当に変わった。当時EV1を生産中止にしたのは間違いだったと我が社の社長も今は認めている」。そんなGM社員の“懺悔”を聞いて、「遅いよ」と言わんばかりのEV1ユーザーたち。彼らが「電気で動くクルマ」を愛する情熱の熱さには目から鱗が落ちる思いだった。EVにはどこか「家電製品」に近いイメージがあり、ガソリン車と違い、エモーショナルな面に訴えかけてくる商品ではないのではないか、などと勝手に思っていたが、それは大間違いだったのだ。

かつてのEV1ユーザーたちの中には、家に自力でソーラーパネルを設置し、自家発電ですべてのエネルギーをまかなっているという強者もいた。このカーショーに来ていたかつてのEV1ユーザーの多くが白髪頭の中高年だった。しかも、Tシャツにビーチサンダルという、まさにミュージシャンのビーチボーイズみたいなルックスなのだ。

かつて逮捕されそうになっても身体を張ってEV1を守ろうとした彼らの中には、日産リーフのセールスマンに転職してリーフを売りまくった男性もいた。GMなどのデトロイト勢に挑戦をつきつけたテスラ。そのテスラのEV車を運転することが、シリコンバレーでのステータスシンボルになった今、GMですらEVを何とかして売りたくてしょうがない時代になった。

これから開発される自動運転車も、ガソリン車ではなく、必ずやEV車のはずだ、というのがカリフォルニア州の自動車専門家たちの意見だ。カリフォルニア州住民の強烈なEV愛とEVへのこだわり。これは、どんなクルマに乗っているかが、自己のアイデンティティーと直結している土地柄の証明だろうと思う。

ウーバーが台頭し、ミレニアルズ世代の若者達がクルマを買わなくなっても、自動運転車が普及してそれをバスのようにみんなで利用できる未来になっても、ひょっとしたら、ビーチボーイズを聴いて育ったこういう中高年は永遠にクルマを買い続けるのではないか。

EV1の生死を間近で目撃したセクストン氏は言う。「アメリカ人にとって、クルマは自由の象徴。だからハンドルを自ら握ってどこへでも行ける自由はそう簡単に手放さないはず」。黙っていてもEVを買ってくれるEVラバーズたちはいいとして、多くの自動車メーカーがEVの宣伝や販売にどう力を入れていいのか、まだよくわからないのではないかという気もする。

新年早々、オイルチェンジをするために、ディーラーにクルマを持っていった。カウンターにいるセールスの男性に聞いてみる。

「EVは運転したことある?」
「EV車?店にある車をテストドライブするぐらい。自分の車はガソリン車だから」
「じゃ、どうやってお客にセールストークするの?」
「正直、マニュアル通りになっちゃうね。だって自分の車はEVじゃないからEV車のメンテナンスしたことないし」

そうなのだ。売る側のセールス担当でさえ、まだEVを自分の日々の「足」としている人は少ないのがカリフォルニアの現状だ。その後、オイルチェンジのついでの検査で、タイミングベルトの傷や、ストラット式サスペンションの漏れが見つかり、新春早々、目の玉が飛び出るほどの請求書が来た。こんな時だ、EVにたまらなく惹かれるのは。EVを買えば、もう二度とオイルチェンジすらしなくていいのだから。だが、電気のチャージ問題はどうする?EVの前にそれをチャージできる施設がある「家」を買わなくてはならないというこの理不尽さ。サンタモニカ市よ、EV用のインフラ整備頼みます!!

②EVを愛する者たちの悲喜こもごものドラマ