本当に必要な高齢ドライバー対策は何か

市川 政雄

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市川 政雄
市川 政雄 (いちかわ・まさお)
筑波大学医学医療系教授。1973年生まれ。明治学院大学国際学部卒、タイ国立マヒドン大学大学院アセアン保健開発研究所修了、英国ウェールズ大学大学院医学系研究科修了、国立国際医療研究センター研究所流動研究員、東京大学大学院医学系研究科助手、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授を経て、2010年より現職。専門は公衆衛生学、国際保健学。これまで日本と東南アジアで外傷や精神保健に関する疫学研究に従事してきた。最近では交通政策や都市計画・コミュニティデザインが健康に及ぼす影響に関心を寄せている。

高齢ドライバーが危険と思われるのは無理もない。近年、高速道路の逆走がたびたびニュースで報じられているが、その約7割が65歳以上のドライバーによるものである(図1)。また、高齢ドライバーによる死亡事故は多く、運転免許保有者10万人あたりの死亡事故件数がもっとも多いのは75歳以上のドライバーである(図2)。

図1 高速道路での逆走の発生状況(2011-2014年:739件) *1

図1 高速道路での逆走の発生状況(2011-2014年:739件) *1

図2 原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数(平成25年中) *2

図2 原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数(平成25年中) *2

これらは高齢ドライバーを危険視する根拠として一見もっともらしい。しかし、65歳未満のドライバーも高速道路を逆走しているということは、高速道路の構造にも問題があるということではないだろうか。また、高齢ドライバーに死亡事故が多いのは、以下に示す通り、高齢ドライバーが事故を起こせば、高齢であるがゆえに自ら命を落とす可能性が高いからである。

高齢ドライバーが本当に危険かどうかを検討するには、高齢ドライバーが他の年齢層と比べ、どれだけ事故を起こしているのか、そして、事故を起こした結果、どれだけ被害が及んでいるのかを確かめる必要がある。そこで、図3に運転距離100万キロあたりの事故件数(事故率)を衝突相手別に、図4に事故100件あたりの死傷者数をドライバーとその同乗者、衝突相手別に示す。

なお、ここで示す事故率の分母は運転免許保有者数でなく業務以外の運転距離、分子は業務以外での事故件数である。これは、高齢ドライバーの運転距離や目的が他の年齢層と異なるかもしれないので、そのことを考慮するためである。

図3 運転者(第1当事者)の年齢層別 100万台キロあたりの事故件数(上図:男、下図:女) *3 

図3 運転者(第1当事者)の年齢層別 100万台キロあたりの事故件数(上図:男、下図:女) *3 

図4 運転者(第1当事者)の年齢層別 事故100件あたりの死傷者数(上図:男、下図:女) *3 

図4 運転者(第1当事者)の年齢層別 事故100件あたりの死傷者数(上図:男、下図:女) *3 

図3を見ると、高齢ドライバーの事故率は70代から上昇し、80代になると20代前半の事故率に近づくが、10代の事故率には到底及ばないことがわかる。事故の被害については、図4から、事故を起こしたドライバーの年齢で衝突相手の死傷者数にあまり大差なく、対自動車事故においては高齢ドライバーによる事故のほうが死傷者数は少ないことがわかる。これに対して、ドライバー本人と同乗者の死傷者数は高齢になるほど多くなる。これは高齢になるほど死傷リスクが高まり、高齢ドライバーは高齢の同乗者を伴うことが多いからである。

このように、高齢ドライバーは世間で思われているほど事故を起こしておらず、事故を起こしても衝突相手に過剰な死傷リスクをつきつけているようなことはない。高齢化が進むわが国において、高齢ドライバー人口も高齢ドライバーによる事故の絶対数も増えているので、その対策は欠かせない。しかし、高齢ドライバーを一律に危険視して、高齢者から運転する権利を奪うことはあってはならない。

 

図は以下の資料に基づき作成
1. 東日本・中日本・西日本・首都・阪神・本州四国連絡高速道路株式会社:高速道路における逆走の発生状況と今後の対策(その2)
2. 警察庁交通局:平成25年中の交通事故の発生状況
3. Ichikawa M, Nakahara S, Taniguchi A. Older drivers’ risks of at-fault motor vehicle collisions. Accid Anal Prev 2015;81:120-3.

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筑波大学医学医療系教授。1973年生まれ。明治学院大学国際学部卒、タイ国立マヒドン大学大学院アセアン保健開発研究所修了、英国ウェールズ大学大学院医学系研究科修了、国立国際医療研究センター研究所流動研究員、東京大学大学院医学系研究科助手、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授を経て、2010年より現職。専門は公衆衛生学、国際保健学。これまで日本と東南アジアで外傷や精神保健に関する疫学研究に従事してきた。最近では交通政策や都市計画・コミュニティデザインが健康に及ぼす影響に関心を寄せている。

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