自動運転が生み出す主従逆転

清水 亮

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清水 亮
清水 亮 (しみず・りょう)
1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

これまで、機械はあくまでも人の操作によって運転されてきた。人が主であり、機械が従。この主従関係が自動運転の実現によって逆転する可能性がある。もちろん領域を広く見渡せば、自動運転のスイッチを入れるのは人間であるから、マクロ的には人間が主であることに変わりはないが、ステアリングやアクセルはAIが主たる操作者となるだろう。自動運転車において、人間はコ・パイロット(Co-Pilot:副操縦士)という位置付けになる。

さらに、より高度に発達した情報システムにより、走行ルートの自動選択が行われるようになる。その意味では、現時点で既にカーナビに頼って運転している私たちは、既にその主体性をコンピュータに譲っているのかもしれない。

最終的には人間は行き先の指示すらすることなく、ただ車に乗り込むだけで目的地にたどり着くようになる。AIはユーザのスケジュールなどの状況を常に注視し、必要に応じて医者や学校に寄り道するだろうし、ユーザは黙っていても目的地にたどり着けるようになる。すると次の自動車の価値を決めるのは居住性と安全性になるだろう。運転のしやすさは二の次だ。そもそも自動車では運転のためのパーツが居住性をそこなっていることが少なくない。運転席が不要になるので乗合馬車のように後席と向かい合って座るのが普通になるかもしれない(ロンドンのタクシーは観音開きが普通である。乗り込みやすさと客室の居住性を最優先しているからだ)。

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モータースポーツの世界でも自動運転技術が有効に機能してくるだろう。燃費管理のため、非常にシビアなアクセルワークとステアリング操作が要求されるため、既にスロットル操作に関してはF1でもドライブ・バイ・ワイヤの利用は常識だが、これが次第にステアリング操作にも介入していくことは想像に難くない。既にポルシェ等は高速時に自動的に展開するリアスポイラーを採用しているがこれもある種の原始的な自動運転技術と言えなくもない。

モータースポーツにおける自動運転は、ドライバーの意志とAIの意志の2つが“区別されず”高いレベルで融合するような、一種のサイボーグを実現するための技術として役立つ。たとえば目視ではわかりにくい路面の熱の変化や実際の車間距離、周囲の状況などはAIが情報収集し、ドライバーの視覚を通じて共有する。AIは自分なりの結論を出し、ドライブ・バイ・ワイヤでステアリングホイールをタイヤを動かすより前に動かす。これが「クルマの意志」をドライバーに伝え、ドライバーはそれを追認するか、ステアリングを能動的に動かすことで「自らの意志」を伝える。その合計値が実際のステアリング機構に伝達され、ドライバーはレーシングカーを構成するAIシステムの一部として完全に溶け込んでしまうようになる。

人間の認知・判断機構のエネルギー効率と重量比率は、未だにAIよりもずっと高い。この状況はもうしばらくは続くはずで、それをうまく利用したチームが勝利を手にする(同じことをするシステムを自動車に搭載するには現時点ではエネルギー効率が悪すぎる)。モータースポーツは目的がはっきりしているのでAIと人間の融合、つまりサイボーグ化による恩恵が見えやすい。モータースポーツで自動運転技術の研究が進めば、その成果は自動車業界のみならずあらゆる分野のサイボーグ化に貢献することになる。

自動運転技術の完成は来るべきシンギュラリティ(技術的特異点)時代の試金石となることが予想される。だからこそ私たちにはプログラミングによる「人類補完計画」が必要なのだ。

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1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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