不便益研究からみた理想の運転支援システム
平岡 敏洋
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「不便益(不便の益:Benefit of Inconvenience)」とは、手間がかかることで得られる益のことだ。これは、手間がかかること(=不便なコトやモノ)によって得られるタスク達成や、能力向上といった客観的な益だけでなく、そのことによって行為主体たるユーザが感じる主観的な益をも含む。手間をかけて客観的な益が得られることによって、自己肯定感が醸成されたり(「できた!」「私はやればできる!」)、動機づけを内在化することができる(「もっと使いたい!」)。このような手間をかけることによる嬉しさや楽しさが「不便益」だ。
「不便益」の考え方は、機械やシステムが便利になりすぎることで人間の能力が低下したり、本来得られていた嬉しさや喜びが失われたりすることに対するアンチテーゼとして生まれた概念で、後述する運転支援システムにも取り入れている新しいシステム設計思想である。
「不便益」の例には、長いスロープや階段を増やして、バリアフリーではなく「バリアアリー」を目指す老人ホームや、あえて庭をデコボコにする幼稚園や、足こぎ車いす「COGY」などがある。これらはいずれも、便利なものを不便に再設計することで、現状の益とは異なる益を生み出している。身体的、認知的に手間をかけさせることによって、ユーザーが主観的な喜びを得ることができるのだ。
一方、不便益の対局に位置するのが「便利害」だ。ユーザが手間をかけられないために、能力が低下するといった客観的な害があるだけでなく、“楽しくない”、“使いたくない”、といった主観的な害があるようなサービスがこれにあたる。
レベル3の自動運転システムでは、自動運転モードでの走行中も、ドライバーが車の動きを監視しなくてはならないが、運転せずに車を監視するのは、運転することより大変だ。これはまさに「便利害」だと言える。自動運転や運転支援システムを、「便利害」にせず、「便利益」や「不便益」にするためにはどうすれば良いのだろうか。
これまで、自動運転の車両運動制御や、ドライバーに安全運転を促すインタフェースについて研究してきた。より安全で快適な交通環境を実現するためには、自動車単体の性能を向上させるだけでは不十分で、運転者-自動車-道路を含むシステム全体の最適化を図る必要がある。車両運動力学、制御工学、インタフェース設計論、心理学、ゲームニクス理論などといった複数の分野を横断する学際融合的なアプローチで、運転者の運転技能の向上を促すだけでなく、よりよい運転に対する動機づけを高める運転支援システムの構築を目指している。
この動画講義では、不便益系に関する研究を通して、どのようなサービスやユーザインタフェースであれば「手間がかかるけど楽しい」とユーザに感じてもらえるのかを説明する。自動車に限らず、様々なサービス開発の現場にいる読者が、不便益研究に基づいた自身のサービスを見出すことができるようになることが、この講義の目的である。