ドクターヘリに学ぶ技術と制度の最適化

町田 浩志

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町田 浩志
町田 浩志 (まちだ・ひろし)
前橋赤十字病院 高度救命救急センター 集中治療科・救急科 副部長。1975年札幌生まれ、2000年北里大学医学部卒業。北里大学医学部胸部外科学、群馬循環器病院で心臓血管外科医として従事し、2008年より前橋赤十字病院に救急医として赴任、2010年から現職。救急・災害医療を専門とし、特に心臓血管外科の経験を生かした外傷診療やドクターヘリチームリーダーとして病院前診療を中心に活動を展開中。救急科専門医、日本外傷学会評議員、日本航空医療学会評議員。

近年、医療事故の話題が増えている。長年救急医療に関わっている身として、その最も大きな理由の一つが、過剰な安全管理による医師の決断力不足だと感じている。ヒューマンエラーをさせないために、リスクの高い状況を減らすことはとても合理的である反面、いざ危機に直面したときに迅速に判断する力を養成できないという側面もある。

医療機器の性能が良くなった昨今は、内視鏡による手術がとても増えて、若手医師の執刀機会が減っている。昔は虫垂炎の開腹手術が外科医の最初のステップとなっていたが、今は虫垂炎も内視鏡で手術するようになったうえ、特殊技能なので若手の外科医はあまり執刀させてもらえない。そのため若手の医師はなかなか開腹手術に慣れることができず、いざトラブルが起こったときに、思い切ってお腹を開けて対応する決断ができない。テクノロジーが進歩したために、医者が技術を磨くことができないという悪循環が起きている。

大きな総合病院にいた若い医師が出向などで田舎の病院で働くようになると、その病院にある医療機器ですべて対応しなければならないためとても成長する。もしその病院で手に負えなければ、救急車で長い時間をかけて市街地の病院まで運ばなければならないという使命感から、知識や手元にある道具を総動員して手術にあたるからだ。そういう経験を数多くした医師ほど、よりはやく人を救うための技術を持った優秀な医師となる。

自動運転の問題点もここにあるのではないだろうか。運転支援システムを使うと、危険を察知したり、それに適切に対応したりするドライバーの運転能力は衰える。自動走行していた車にシステムエラーが起きて突然運転をしなければならなくなったとき、すぐさま適切な行動を取れる人はほとんどいないだろう。

医療手術の現場でも機械のトラブルが起きることはある。患者の容体がそれほど悪くなければ、機械を直しながら適切に対処することができるが、事態が深刻になればどこかでその機械を使わず手作業で手術する方向に切り替える必要がある。今の戦略がこのままでは危ないかもしれないということに早めに気づいて、手を動かしながらもいつでも次の戦略に切り替えられるように準備しなければならない。

例えば、気管挿管で口から管を入れる処置も口から入れるのが難しい患者の場合は、患者へのリスクを承知で頚部を切って管を挿入(外科的気道確保)する。口から挿入する手法をずっとトライし続けて、血中の酸素がどんどん落ちて心停止直前になってから「このままでは心停止なので首を切ります」では手遅れになってしまうのだ。優秀な外科医は常に別の戦略を考えながら手を動かす。

また、優秀な外科医は危険な部分とそうでない部分との見極めが上手い。危険な箇所は慎重に手を動かすが、消毒や閉創といった部分は、手術時間を縮めるために迅速に対処する。先を見通してどんなリスクがあるかを計算し、慎重になるところと力を抜くところとのメリハリを付けているのだ。

車の運転もこれと同じだろう。私たちは、見通しの悪い交差点や、住宅街の路地のような慎重になるべき箇所と、スピードを出しても構わない箇所とを見極める必要がある。自動運転や運転支援システムを使っていると、このような能力は衰えるだろう。

2017年現在、販売されているレベル2の自動運転車は「あくまで補助」という位置づけで、事故の責任はドライバーにあるというスタンスだ。しかし「自動運転」という言葉を使うのであれば、いい加減な言い逃れをせず、事故は全て開発者の責任であるという覚悟を持って開発すべきだ。医療業界に薬害の問題があるように、売れるからという理由でどんどん作って、問題が発生してから「知りません」というのは許されない。年間50万件も交通事故が起きている自動車の開発は、人の命にかかわるという点で医療と同じくらい責任の重い仕事なのだ。

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町田 浩志 (まちだ・ひろし)
前橋赤十字病院 高度救命救急センター 集中治療科・救急科 副部長。1975年札幌生まれ、2000年北里大学医学部卒業。北里大学医学部胸部外科学、群馬循環器病院で心臓血管外科医として従事し、2008年より前橋赤十字病院に救急医として赴任、2010年から現職。救急・災害医療を専門とし、特に心臓血管外科の経験を生かした外傷診療やドクターヘリチームリーダーとして病院前診療を中心に活動を展開中。救急科専門医、日本外傷学会評議員、日本航空医療学会評議員。