アメリカの本音長野 美穂

①シリコンバレーでカーシェアリングの車に乗りまくる

2017.01.04

シリコンバレーでテクノロジー系のコンベンションを取材するため、カリフォルニア州のサンタクララに出張した。コンベンションが開催される3日間、レンタカーはあえて借りず、カーシェアリングサービスを使ってみることにした。

朝8時。ウーバーをホテルに呼ぶ。しかし、ロビーの外に出て待てど暮らせど車が来ない。住所は間違いなく設定しているのに。ホテル前の道端まで出て、イライラしながら25分近く待った。ドライバーに「待っているのに全然来ないけど、今どこ?」とテキストメッセージを送信する。すると「ただいま他のお客様の対応で忙しくて電話に出られません」という自動送信メッセージが返送されてきた。その直後、私のスマホ画面に現れたのは10ドルのレシートだった。車が来ず、乗ってもいないのに、金額だけタダ取りされていたのだ。信じられない。ウーバーひどい。なんだこれ。

怒りに震える手でウーバーの競合会社「リフト」のアプリを立ち上げる。ウーバーめ、覚えてろ、ライバル社に乗り換えてやる。他の乗客との乗り合いサービスの車「リフト・ライン」というサービスの一台が一番近くにいたので、それに決めてボタンを押す。すると5分もしないうちに、車がやってきた。「ハーイ、ミホだね?よろしく!」。明るくナイスな感じの黒人のお兄さんがハンドルを握る。後部座席には、スニーカー、黒いTシャツ、短パン姿の若い白人男性が座っていた。私が乗ったのは、運転手の隣の助手席。すぐ全員がお互いのファーストネームで呼び合い、笑顔で挨拶して出発だ。

「ダウンタウンのコンベンションセンターまでお願いします」と伝えると、後部座席の男性が「今日は何があるの?」と聞いてきた。「IoTのカンファレンスなんです。私ジャーナリストで、取材に行くんですよ」と伝えると「おー、いいねえ。VRのブースとかあるのかな?僕これからVR関係に仕事で関わりそうだから興味あるよ」と彼は言った。「お仕事は?」と聞くと、首からぶら下げている社員証を見せてくれた。白地のタグにピンク色のアップルマークがついていた。腕には大きな高級時計が光っている。

シリコンバレー名物の朝の大渋滞に巻き込まれた私たち3人の話題は、いつしか自動運転車がいつ実用化されるかに移った。

「リフトはGMと組んで、セルフドライビング技術をどうカーシェアリングに活かせるかを開発中なんだよ」と運転手氏。「自動運転になったら無人で走るから、ドライバーはみんなクビになっちゃうの?」と聞くと、「いや、ドライバーありの車とドライバーなしの車をユーザーが自由に選べるようになるみたいだよ」と運転手氏。どっちにしても、自動運転のカーシェアリング実現までには時間がかかりそうだし、実現したとしても、このひどい渋滞から逃れられるわけではなさそうだ。

すると、運転手氏がこう言った。「ニュースで見たんだけど、ロサンゼルスからサンフランシスコまで、チューブ型のトンネルの中に超高速カプセルを走らせる構想があるんだって。40分で着くらしいよ」なんと。LAーサンフランシスコ間はどんなにスピードを上げてドライブしても最低6時間はかかる。飛行機で飛んでも1時間以上はかかるのだ。

それが40分?!

「え?なにそれ?!あ、ほんとだ」アップル氏がそう言って、iPhoneで検索してすぐ私たちに「ハイパーループ」という名のサービスのイラストを見せてくれた。テスラのイーロン・マスク氏の関わるプロジェクトらしい。渋滞にはまってすでに20分以上ノロノロ運転状態の今の私たちには、是非ともいますぐ欲しいテクノロジーではないか。

「チューブでなくても、人が乗れるドローンでも、空飛ぶバイクでもいいよね。渋滞に関係なく目的地に着ける手段なら」と運転手氏が言うと、アップル氏はすかさずグーグル検索して「空飛ぶ自転車ってアイデア、もうあるよ!ほら!」と数々の写真を見せてくれた。そこには鳥人間コンテストみたいな感じの写真が並んでいた。

次に話題は「食べ物」に移った。渋滞に食べ物。お互いのことを知らずとも、誰もが参加できるトピックの定番だ。アップル氏いわく、アップルの数あるカフェテリアの中でも、企業内弁護士が働くビルのカフェテリアでは、高級レストラン並の特上肉のステーキがふるまわれるそうだ。アップル社員の通常のカフェテリアとは、食材から、テーブルクロスから、ワイングラスまで、何から何まで全く違うのだという。「そういう高級カフェテリアのある建物にはアップルマークもついてないし、外からは何の建物なのか、全くわからないようになってるんだ」とのこと。アップル社内には、階級制度が厳然として存在しており、その階層は複雑に幾重にも分かれているとのこと。

翌日、スタンフォード大学のキャンパスで開かれるセッションに行くため、またリフトを呼んだ。今度はGMシェビー(シボレー)のフルサイズのセダンが来た。運転手はサンフランシスコ・ジャイアンツの帽子を被った白人男性だ。地元サンタクララで育ち、ネバダ州リノのカジノで働いていたが、母親の介護で10年ぶりに地元に戻ってきたという。今話題の介護離職だ。

「仕事を探してるんだけど、本当にないよ。介護と両立できるような職種を見つけるのが難しい。だからリフトのドライバーの仕事は有りがたいんだ。ちょっとでも時間が空いたら隙間時間で仕事できるからね」。車のダッシュボードはジャイアンツグッズでいい感じに飾られており、サテライトラジオのスポーツチャンネルの実況が流れていた。

「自動運転車って見たことある?」と聞いてみる。「あるよ。グーグルの。時々道路を走ってるのを見るよ。最初は驚いたけど、慣れると普通になるね。セルフドライビングカーにこの仕事を奪われるのは困るけどさ、まだまだ先のことだろうし」。スタンフォード大の入り口に到着し、降りようとすると、彼は「キミが行きたいビルはこの入り口からは遠いから、回ってあげるよ」と言い、細い道を通って一番近い入り口まで送ってくれた。「サンキュー」と言って降りると「このドライバーはいかがでしたか?」というリフトからのメッセージがスマホに表示される。迷わず5ツ星の評価をつけ、病気の母親を介護している彼の身の上を考えて、少ないながらもチップの1ドルを足した。

ウーバーではチップは不要だが、リフトではチップを上乗せ出来るシステムになっている。帰りもリフトで車を呼ぶと、今度は白いBMWがやってきた。なぜ高級車のBMWを運転する人がリフトのドライバーをやってるんだ?と興味津々で運転席を見ると、フィリピン系の長髪の男性が「ハーイ!」と手を上げた。この男性、アップルのデータセンターで15年間働いた後、最近部署ごとのリストラに遭い、職を失ったそうだ。

「スティーブ・ジョブズがネクストからアップルに戻ってきてから、俺は採用されたんだけど」と彼は語り出した。「俺の直属のボスはイエスマンで、ジョブズと比べてビジョンのかけらもない人間だった。あの部署で15年働いていろいろ経験して良かったことも多かったけど、部署自体がなくなったからクビだとさ」。彼のカップホルダーには乗客が残していったらしい青いアップルマークのついた名刺が無造作に置かれていた。シートは革張りで、ソフトな感触。さすがBMW。乗り心地抜群だ。「今、履歴書に書けるようなスキルと資格をゲットしようと勉強中なんだ」とBMW氏は言う。

シリコンバレーで「履歴書」と言えば、紙の履歴書ではなく、LinkedInのプロフィールのことだ。そのLinkedInが買収したLyndaというeラーニングのコースで、生産管理のビデオクラスを取っているという。取得したクラスの修了証は、LinkedIn上の「履歴書」に箔付けするツールになるという具合だ。運転しながら、そのクラスのビデオをスマホ上で流してくれた。頼んでもいないのにビデオ画面を見ながら「生産管理」について内容を詳しく説明してくれる。お願いだから前を向いて運転してくれ。

「アップルのデータセンターで15年働いても、ブラッシュアップのために新しいクラスを取らないとダメなの?」と聞くと「俺みたいに年食ってる人間が、スタンフォードを出たばかりの22歳とポジションを争うんだ。若いやつの方が採用されやすいのは明らかだろ。だから、ひとつでも武器を多く持ってないとダメだ」という。

彼はグーグル、ヤフーなどのキャンパスから車で約5分のアパートに住んでいる。ほんの近所に多くのテクノロジー系大企業がひしめいているのに、なかなか職にありつけない。パートタイムの仕事として、フィリピンにコールセンターを立ち上げる友人の仕事を手伝い、月々1700ドルのワン・ベッドルームの家賃を払うためにリフトの運転もする。「例えば、若い25歳の起業家のCEOが面接してくれるというなら、職をゲットするために、どこへでも行くし必死で働くよ。絶対に諦めない」。ものすごい早口で野心と向上心がありそうなこのBMW氏の就職活動成功を祈って、降りてから、また5つ星評価をつけた。

今度はホテルをチェックアウトして空港に行くためにまたリフトを呼ぶ。「ヘーイ!今日LAまで帰るというお客はキミで3人目だよ」と言いながらやってきたのは、信じられない程汚れた白いプリウスだった。白い車なのか、灰色の車なのかわからなくなるぐらい外側が汚い。助手席のドアを開けると、ダッシュボードに3センチぐらい埃がびっしり積もっていた。

こんな車に1時間も乗ったらそれだけで病気になりそうだ。しかし5つ星評価のドライバーだったので呼んだのだ。今さら「乗りたくない」とは言えないし、飛行機の時間が迫っていた。挨拶もそこそこに、彼は「自分は税務署に6万ドルの借金があるからリフトを運転しているんだ」とものすごい早口のマシンガントークが始まった。

「税務署の追徴金でクビが回らないんだよ。連邦税は滞納しても何とかなるんだ。問題はカリフォルニア州税だよ。待ったなしなんだ。車まで持ってかれそうだ」。そう言って、いかに州税を少なくごまかすかのテクをあれこれと教えてくれた。いくら州税務署でも、これだけ埃まみれのドロドロに汚れたプリウスを借金のカタに持っていきたいとは思わないのではなかろうか。

彼は、失業を何回か経験するうち、サンノゼの家賃と物価の高さに押しつぶされそうにして何とか生きてきたという。「それでもここで生まれてるからねえ。他の地に住みたいとは思わないんだよ」とプリウス氏。彼は100万ドルの遺産を手にしてサンノゼからフロリダに移住したという女友達の話をはじめた。「彼女が言うには、近所の人たちが老人だらけなんだそうだ。フロリダは。そんな環境だと、自分もどんどん老けていく気がするってさ」。

そうこうする中、空港に着いた。さっとすぐに助手席のドアを外に出て開けてくれ、重いスーツケースを電光石火の速さでトランクから取り出し入り口まで運んでくれた。バケツ大のコーラの容器を抱えて、ハンドルを握り「じゃ、よいフライトを!」と笑顔で去って行く。その手際の良さは、今までのどのリフトドライバーと比べても圧倒的に上だった。彼にも5つ星をつけてしまった。次の乗客がこの埃だらけのプリウスにぎょっとするだろうな、と思いつつ。

①シリコンバレーでカーシェアリングの車に乗りまくる