新規事業開発のための図解の技術

今泉 洋

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今泉 洋
今泉 洋 (いまいずみ・ひろし)
1951年生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科教授。武蔵野美術大学建築学科卒業後、建築の道を歩まず、雑誌や放送などのメディアビジネスに携わり、'80年代に米国でパーソナルコンピュータとネットワークの黎明期を体験。帰国後、出版社でネットワークサービスの運営などをてがける。その後、フリーランスとなり'99年デザイン情報学科創設とともに着任。新たな表現や創造的コラボレーションを可能にする学習の「場」実現に向け活動している。

「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」は、広告業界の偉人ジェームズ・W・ヤングの言葉だ。アイデアは何もないところから突然生まれてくるものではなく、たとえば自転車が数々の部品からなるように、すでにあるものを分析、分節化し、今まで誰も考えたことのない新しい形で再統合することで生まれる。私が行っているのは、この分節化(=情報化)と統合(=デザイン)の過程、あるいはその手法を研究することで、これを「デザイン情報学」と呼んでいる。

アイデアを産むことや創造的活動はひとりで行うものだという誤解が蔓延しているが、実際は、創造の過程でも、また特にそれを社会に送り出していく段階でも、ひとりでやりきるなんてことはほとんどない。商品の開発、偶然の発明、流通の過程、その全てに多くの人が関わっている。この多人数が関わるアイデア創造を考えるとき、大事なことが二つある。ひとつは、創造の段階での「グレーゾーンにおけるコミュニケーション」であり、もうひとつは、アイデアを普及させる段階での「新しいものの定義」である。これは日本の自動運転について考える上でも、注目されるべきポイントだろう。

当たり前のことだが、ある物事について知っている人が、知らない人に教える「情報の共有」からは新しいものは生み出されない。ではどこから生まれるかというと、「なんとなくわかっていること」、つまり「グレーゾーン」の中からだ。三角形を見たらはんぺんと思う人もいれば、コンニャクと思う人もいる。このように、人によってさまざまな要素、解釈がありうる中で、なんとなく似たようなイメージが浮かんでいる。その時に、それらの要素をうまく再統合できるかどうかが、アイデアの成否を決める。

ではどうすればいいのか。グレーゾーンから何かを生みだすために必要なことは、コミュニケーションだ。ゴールが曖昧な中でコミュニケーションができる能力が求められる。どこに流れ着くかわからなくとも、話しているうちに「俺たち、全然、予想しなかったことに気がつくかもね」という前向きな希望。それを持ってコミュニケーションし続けられる思考体力と信頼関係が必要だ。

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さて「自動運転」を考えた時に、はたして日本でこのようなコミュニケーションが可能だろうか。日本人はわかっていることを学ぶことは得意だ。しかし、わたしたちは、わからないことについて「一緒に考えよう。考えていたらきっと気がつくさ」という夢を共有できるだろうか。責任問題につながることを恐れて、言った言わないを繰り返す日本の現状を見ていると、疑問を抱かざるを得ない。

自動運転について、もうひとつポイントとなるのは「定義」だ。創造したアイデアを社会に送り出すには、パッケージして、流通に乗せて、売ってもらわなければならない。そのためにも多くの人にわかるように、合理的に考えをまとめて説明し、納得してもらう必要がある。つまり、これまでにない新しいものが社会に取り入れられて有益な部分になるためには、人にもわかるように定義しなければいけない、ということだ。定義があるからこそ、知っている人が知らない人に教えて情報共有し、広めていくことができる。

しかしここでもまた、自動運転を普及させることは難しいのではないか。なぜかというと、日本には文明的な定義をした経験がほとんどないからだ。自動運転の普及は、社会システムを新たに作り直すような大きな変化を伴うだろう。しかし社会システムを日本から提案して、どこかで受け入れられた経験などほとんどないのではないか。わたしたちは、言葉で既に定義されたものを理解することに慣れてしまっている。一方で海外でも、例えばヨーロッパ主導になってそれが成功したかというと、これも難しい。自動運転はどんな革命性を持っていて、どういうふうな産業的な広がりがあって、どのように文化を超えて文明につながるか。人工システムを文明レベルのところまで人為的に普及させるためには、そうした広い範囲での定義を行わなくてはならない。

今後訪れる自動運転が、高速道路の専用自動運転止まりになるか、それとも社会のあらゆる場所に浸透していくかはわからない。しかしそこに近づくための道は、ゴールが見えなくともコミュニケーションをし続ける、その地道な営みの中にしかない。「デザイン情報学」では、図的な発想法、思考の整理法をはじめとして、コミュニケーションを円滑に進める手法を探してきた。本講義が、わからないことの中で、それでも「何かが見つかるかもしれない」という前向きな希望を持ちつづける人の一助となることを願っている。

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今泉 洋 (いまいずみ・ひろし)
1951年生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科教授。武蔵野美術大学建築学科卒業後、建築の道を歩まず、雑誌や放送などのメディアビジネスに携わり、'80年代に米国でパーソナルコンピュータとネットワークの黎明期を体験。帰国後、出版社でネットワークサービスの運営などをてがける。その後、フリーランスとなり'99年デザイン情報学科創設とともに着任。新たな表現や創造的コラボレーションを可能にする学習の「場」実現に向け活動している。

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