ゲームAI開発者から見る自動運転

三宅 陽一郎

最新記事はこちら

三宅 陽一郎
三宅 陽一郎 (みやけ・よういちろう)
京都大学で数学を専攻、大阪大学大学院物理学修士課程、東京大学大学院工学系研究科博士課程を経て、人工知能研究の道へ。ゲームAI開発者としてデジタルゲームにおける人工知能技術の発展に従事。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会チェア、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。著書に『人工知能のための哲学塾』(BNN新社)、森川幸人との共著に『絵でわかる人工知能』(SBクリエイティブ)がある。

テレビゲームをプレイした方なら誰でも「ゲームキャラクター」についてご存じかと思います。ゲームをしていると敵や味方として登場するキャラクターたちです。僕は、そのキャラクターのための人工知能を作っています。

この20年で、そういったゲームキャラクターのための人工知能には、ゲームの大型化・複雑化に比例してより高度な知的機能が要求されるようになりました。このような「ゲームAI技術」はゲームという箱庭の環境の中で急速な進化を遂げ、今、ゲーム以外の分野にも応用されつつあります。この連載は、そういったゲームのための人工知能技術が、一見ゲームとは関係の薄いように見える自動運転について、どのような新しい知見を与えられるかをテーマとしたものです。

キャラクターと自動運転は似ています。それはどちらも環境から情報を集めて、それに基づいた意思決定を行い、身体(ボディ)を動かす必要があるということです。つまり、知能の基本的な3つの機能「感覚・思考・行動」を伴っている点で共通しています。

キャラクターも車もまた自分自身を認識せねばなりません。キャラクターは自分の持っているスキルや運動能力、身体のサイズを知っておくことで、どんな運動をデザインできるかが決まります。自動運転もまた自分の速度、加速度性能、旋回性能、ボディのサイズを知っておくことで運転をデザインすることができます。

現代のゲームキャラクターはゲーム内の環境の中で経路探索を行います。たとえば森を超えて目的地のお城までたどりつくために最短の経路を計算によって求めます。自動運転もまた目的地への最短経路を見つけ出します。この両者の技術は同じ「ナビゲーション」という名前で呼ばれています。

またそのように移動するキャラクターたちは群れをなします。リーダーをフォローし、仲間との距離を調整する機能を持っています。キャラクター同士がコミュニケーションを通じてお互いの状況を把握し、目的を達成するために連携します。同じように、車同士で距離を調整する機能を備えた車も出てきています。車もまた、これから多様な車同士の連携が求められていくでしょう。

三宅 陽一郎

さて、このような「感覚・思考・行動」のプロセスは、変化する環境の中で行われています。そこで重要になるのが、人工知能における「ロバスト」という概念です。これは少々周囲の環境が変わっても安定であることを示す言葉です。環境の変化に敏感なことは良いことですが、同時にそれは環境の変化に左右されやすいことを意味します。ゲームキャラクターも自動運転もまた、周囲の状況に鋭敏であると同時に、ある程度「ロバスト」でなければならないはずです。

最新のゲームAIは、キャラクターだけではありません。現代のゲームには「メタAI」と呼ばれるゲーム全体をコントロールする人工知能が埋め込まれています。メタAIはユーザーを監視し、ユーザーを楽しませるためにゲーム全体を変化させます。退屈な時には敵キャラクターたちを出現させプレイヤーを攻撃させ、疲弊して来ると引きあげさせます。現実世界においてもメタAIと同様の役割を果たす人工知能が考えられます。街全体を調整する人工知能があれば、車をより空いている方に誘導する、事故があった場所を回避させるなどの処置がリアルタイムで可能になります。自動運転は車だけではなく「スマートシティ」と呼ばれる街全体のAI化の一部でもあるのです。

最後に人間との関わりです。ゲームキャラクターは常にプレイヤーのために存在します。プレイヤーの敵になったり、味方になったり、戦ったり、お喋りをしたり、プレイヤーを楽しませるように活動します。車もまた人のために存在し、人を乗せて走ります。車の目的はもちろん、目的地に安全にたどり着くことがですが、ユーザーを監視し、道中で車中の人を楽しませ、サービスすることもまたAIの役割となるでしょう。

自動運転は社会のインフラです。一方でゲームはエンターテインメントでユーザーを楽しませるために存在します。それは社会の両極にありつつ、共に豊かな可能性とビジョンを持っています。本連載では、ゲームAI技術という対極から、車そのものを一つの人工知能とみなした時の、人工知能技術、ソフトウェア・アーキテクチャ、スマートシティなどにおける可能性を説明していくことで、自動運転の未来像を描きます。

最新記事はこちら

三宅 陽一郎
三宅 陽一郎 (みやけ・よういちろう)
京都大学で数学を専攻、大阪大学大学院物理学修士課程、東京大学大学院工学系研究科博士課程を経て、人工知能研究の道へ。ゲームAI開発者としてデジタルゲームにおける人工知能技術の発展に従事。国際ゲーム開発者協会日本ゲームAI専門部会チェア、日本デジタルゲーム学会理事、芸術科学会理事、人工知能学会編集委員。著書に『人工知能のための哲学塾』(BNN新社)、森川幸人との共著に『絵でわかる人工知能』(SBクリエイティブ)がある。

記事一覧