研究都市つくばのパーソナルモビリティ戦略

松本 治

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松本 治 (まつもと・おさむ)
産業技術総合研究所 ロボットイノベーション研究センター総括研究主幹。倒立振子型移動ロボット、電動車いす型パーソナルモビリティ等の車輪型移動システムの動的制御技術、自律移動技術、安全技術などに関する研究開発に従事。経産省、NEDO、AMED等の国家プロジェクトへの参画、つくばモビリティロボット実験特区でのモビリティロボット実証実験の推進など、生活支援ロボットやロボット介護機器などの普及や産業創出のための活動を行っている。

ひとり乗りの乗り物といえば、バイク、自転車、車いすを思い浮かべる人が多いだろうが、今、この分野に新たなラインナップが加わりつつある。セグウェイに代表される電動立ち乗り2輪車や、自動運転機能を備えた車いす、またバイクと車を掛け合わせたトヨタ「i-Road」のような近未来的な乗り物がそれだ。私はこうした新たな「パーソナルモビリティ」の開発と、普及のための実証実験にたずさわっている。ロボット・AI技術の進歩とそれに伴う手段の多様化は、「移動」にどのような変革をもたらすのだろうか。

パーソナルモビリティが最も大きな影響を与えるのは、高齢者、また買い物難民など交通弱者の移動だろう。車より小さな車体で、危険を自動的に避けながら歩行者空間において速度を下げて走るモビリティがあれば、高齢者でも安心して外出ができる。車と違って乗り換えの必要がないことも大きなポイントだ。車いすのような歩行者の邪魔にならない乗り物であれば、家の中から道路への移動、そしてスーパーマーケットやショッピングセンターでの買い物まで、乗ったままでできてしまう。つまり、生活の中に入っていけるモビリティであるということだ。我が国の人口の30%以上が高齢者になると言われる「2025年問題」を控えて、生活に密着した安全・安心なパーソナルモビリティの果たす役割は大きい。

また、社会全体では低炭素社会の実現が期待される。せいぜい1〜2人で乗ることが多いにも関わらず、4人乗りの自動車を走らせるのは、エネルギー的には非効率だ。小型の乗り物なら、環境に及ぼす影響はずっと小さい。この特性を生かして市街地での「パークアンドライド」が起こるかもしれない。これには、街までは公共交通機関で、街中はパーソナルモビリティで移動するという、コンパクトシティのような街づくり規模での制度設計が必要だ。

乗り物の「所有」についてはどうだろう。自動運転が普及すると、Uberのように手軽に乗り物を手配することができ、自家用車は必要なくなる可能性もある。私は、地域内での近距離移動に適したパーソナルモビリティは、自動運転技術による無人配車により、こうした移動体の「シェア」と親和性が高いと思っている。これは広い視点から捉えると、大量生産の社会から、つくりすぎない適性生産の社会への変化のきっかけとなるだろう。

このような移動と社会の変化を実現するためのモデルケースとして、つくばでの公道走行実証実験を続けているが、今も課題は残っている。パーソナルモビリティのシェアに関しては、充電ステーション、予約システムの整備を行い、実際に運用をしている段階だが、利用者は研究所や市役所の職員限定だ。モビリティシェアリングの普及を考えたとき、必要なときに必要な台数を適切な場所に配置するためにはどうしたらいいか。人流シミュレータを含めたシステム全体の設計から、利用料金にインセンティブをつけるといったサービス面での工夫まで、まだ改善の必要がある。

法律の壁もある。現状ではセグウェイをはじめとする新しい形態のパーソナルモビリティは歩道の走行を認められていない。また、走行速度の制限もある。速度制限の上限を上げると、今度は免許や講習制度の必要性も出てくるだろう。限られた特区だけでなく、一般歩道を走行できるようになるためには、こうした問題について管轄する省庁とのやりとりが必要だ。そのほか、普及のためのコスト面、デザイン、助成制度の問題も残っている。

同時に、どこまでモビリティに頼るのが適切なのかを考えることも大切だ。たとえば高齢者にとって行き過ぎた支援は歩く機会を奪い、最終的には人間の歩行機能を失うことになるかもしれない。現状は、移動の選択肢を増やすための開発と普及を行う段階だが、将来のことを見据えて、利用者にとって適切なモビリティを、移動履歴データをもとに提言できる人材の育成なども視野に入れた、ステークホルダーでの話し合いの場が必要になるだろう。

松本 治

つくばでの実証実験が始まってから5年が経った。しかし、スマートモビリティが全国的に広がって、人々の移動の選択肢となり、生活に必要なモビリティのひとつになるにはまだ時間がかかる。そのために必要なことは、技術的な進歩だけではなく、行政サービスや事業として成立するための全体としての制度設計だ。モビリティ分野の関係者だけでなく、インフラや法律、また都市計画、介護といったさまざまな分野の人を巻き込んだ議論のきっかけになることを期待して、つくばでの実証的研究や普及に向けた課題、今後の展望を、私の視点から描いていきたい。

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産業技術総合研究所 ロボットイノベーション研究センター総括研究主幹。倒立振子型移動ロボット、電動車いす型パーソナルモビリティ等の車輪型移動システムの動的制御技術、自律移動技術、安全技術などに関する研究開発に従事。経産省、NEDO、AMED等の国家プロジェクトへの参画、つくばモビリティロボット実験特区でのモビリティロボット実証実験の推進など、生活支援ロボットやロボット介護機器などの普及や産業創出のための活動を行っている。

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