自動運転に必要な道路

大口 敬

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大口 敬
大口 敬 (おおぐち・たかし)
東京大学工学部土木工学科、大学院博士課程修了後、日産自動車(株)総合研究所交通研究所、東京都立大学、首都大学東京を経て、2011年4月より東京大学生産技術研究所・次世代モビリティ研究センターの教授として、高速道路の交通管制、交通信号制御、自動車交通によるCO2排出モデル開発など、主に道路の交通制御工学の研究に従事。著書に『「交通渋滞」徹底解剖』(編著、交通工学研究会)などがある。

T型フォード車

自動車とはautomobileの和訳である。autoとは「自律的、自動的」、mobileは「動くもの、移動体」という意味だ。1908年、T型フォード車を皮切りとするこの「自律的な移動体」の本格投入は、馬車が主流となっていた19世紀までの車両移動を一変させた。それまで御者からみて他者である「馬」任せでないと車両を移動できなかったものが、自動車の運転者は他者によらずに自律的に動かせる。自動車は気まぐれに立ち止まったり、突然、糞や尿をしたりしない。これらの問題を解決した自動車は熱狂的に歓迎され爆発的に普及した。

普及は技術の進歩を後押しし、技術の進歩は益々大衆化を推し進める。かくして自動車交通社会が成立した。しかし、馬車時代より遙かに大量の車両が通行する自動車交通社会の成立は、従来とは異なる新たな問題を生むことになる。交通渋滞、交通事故、交通公害である。

これを受けて1930年頃から始まったのが、安全な道路交通環境の整備と研究であった。Greenshieldsが実観測によって得た世界で初めての交通流の基本図(FD: Fundamental Diagram)は、「交通容量=通行できる台数の最大値」と「交通渋滞=需要超過による待ち行列」を発見した。

交通流の基本図

図より、交通が増えると車両の速度が低くなるが、ある車両密度で単位時間当りに通過する車両台数(交通流率)が最大値に達し、これ以下の車両速度では通過できる交通流率が却って低下してしまうことが分かる。

平面交差点では交通事故が多発するようになり、やがては機械により自動的に交通整理する交通信号機が導入された。また、まさしくauto=自動車(専用の)bahn=道、という意味を持つ、ドイツのアウトバーン構想が立ち上がったのも、1930年代だった。この時期になってようやく、われわれを運ぶ「自動車」だけでなく、それを取り巻く「交通環境」の重要さが認識されたのである。

日本に輸入された色灯器式の自動交通整理信号機

1930年に最初に日本に輸入された色灯器式の自動交通整理信号機である。

このように、自動車交通の負の側面の科学的な解決へ向け、車両の通行に関わる道路の作り方や交通の流れに関する科学技術分野が勃興した。これを「(道路)交通工学(Highway Traffic Engineering)」という。その勃興以来、道路交通工学は自動車と交通の関わりについて研究を続けてきた。しかし今、20世紀に自動車が登場して以来はじめて、その研究の前提が大きく揺らぎつつある。その鍵は「自動運転車」だ。

自動運転が導入されることで、従来の自動車交通社会における課題や改善策の枠組みが大きく変わる可能性もあれば、たとえば一般車と自動運転車が混在することで生じる新たな課題も危惧される。自動運転時代には、はたして交差点から信号機が取っ払われ、ビッグデータによって交通渋滞を完全に回避できるようになるのだろうか。今後の道路交通システムは、今、大きな岐路に立たされている。

本シリーズでは、こうした自動運転技術の普及が道路交通システムに与える影響を体系的に理解する交通工学の枠組みにもとづいて、考えられるさまざまな変化と対策について論じていく。そのためにもまずは、交通工学の観点から、現状の自動車交通社会における課題の特徴と、その改善に向けたこれまでの取組みの概要を紹介しよう。

道路交通の問題で、もっとも大きな社会的コストを生じていると考えられているのが、交通渋滞(traffic congestion)だ。これは、交通容量上のボトルネック(隘路)で発生する。次第に上流側へ延伸する交通渋滞が上流の道路を呑み込むことで、この道路を交差したい利用者もとばっちりを食うことになる。地域社会の経済影響だけでなく、救急車での緊急搬送などにも深刻な影響が生じているが、これを防ぐ、あるいはその影響を最小化するために、どうすればいいのだろうか。車にGPSなどを装着して交通データを収集する「プローブカー」などの計測技術の進展と共に、ビッグデータの活用、道路料金の弾力化など新たな取組みも始まっている。

また、道路の作り方や設計は交通事故を防ぐためにも極めて重要である。道路の情報収集と情報処理能力が不十分な「自律」の状態では、自動車が安定して走行できるような道路形状(道路幾何構造)を設計する必要がある。先の道路の状況を手前から運転者がみて予知できるよう見通し(視距)も必要だ。こうした道路形状や見通しの設計、解析の技術は、交通事故発生を防ぐよう体系化されてきれた。さらに自動車同士が通信技術でお互いに連絡を取り合ったり調整したりできれば、自動車同士の衝突の危険性は回避できるかもしれない。

自動車は糞尿公害から人々を解放した点でも画期的であったが、その代わりに出てきたのが、大気汚染や騒音、振動を始めとする環境問題である。近年では、ハイブリッド車(HV)、電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)などの開発や、道路附属構造や交通渋滞対策などの技術進歩により排出や消費の抑制は実現されてきたが、未だに途上国の環境問題は深刻である。

このような問題の解決策として期待されているもののひとつが、1990年代に始まった、 ITS (Intelligent Transport Systems)だ。情報通信技術を積極的に活用する道路交通システムとして、日本の交通情報システム(VICS)、ETCなどの交通管制や交通信号の高度化を進めてきた。もちろん現在は、自動運転や、通信で繋がる車も視野に入れた議論がなされている。

大口 敬

自動運転は、渋滞、事故、環境の課題を抜本的に解決する魔法の杖ではない。自動車が普及した頃がそうだったように、環境も含めたシステム全体の整備が必要とされる。以後、本シリーズでは、高速道路、交通信号を中心とした一般街路など様々な交通環境において、また道路ネットワーク交通全体の管理・制御などの観点から自動運転車普及の効果と課題、さらにはビッグデータ時代を背景とした交通情報提供との関係や、シェアリングの普及などと連動した自動運転車を含む道路交通システム全体が大きく変わる可能性を論じる。

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大口 敬 (おおぐち・たかし)
東京大学工学部土木工学科、大学院博士課程修了後、日産自動車(株)総合研究所交通研究所、東京都立大学、首都大学東京を経て、2011年4月より東京大学生産技術研究所・次世代モビリティ研究センターの教授として、高速道路の交通管制、交通信号制御、自動車交通によるCO2排出モデル開発など、主に道路の交通制御工学の研究に従事。著書に『「交通渋滞」徹底解剖』(編著、交通工学研究会)などがある。