自動運転から読みとく国内旅行市場の再生塩谷 英生

②自動運転が与える旅行活動への影響

2017.04.10

自動運転は旅行者にどのようなメリットを与え、それによって旅行需要はどのように変化するのでしょうか。

筆者は何度か国や県レベルでの旅行需要の予測モデルを作成したことがありますが、旅行回数や旅行消費額などを説明するのによく用いられる変数は、「所得水準」、「旅行費用」、「休暇制度」、「旅行意欲」です。 *1

これを旅行者個人の行動レベルでみると、景気動向や休暇制度は所与のものと考えられます。ですから、自動運転車の普及が与える旅行需要への影響は、「旅行時間」(①)、「旅行費用」(②)、「旅行意欲」(③)の変化を通じて顕れるでしょう。以下、これらの項目について述べていくこととします。

①旅行時間の拡大

自動運転車の普及がもたらす影響として、効率的な旅行行程が組めることによる旅行時間拡大の効果があります。

図 自動運転車による旅行と従来の自動車旅行の比較(レンタカー利用の場合)

図 自動運転車による旅行と従来の自動車旅行の比較(レンタカー利用の場合)

■出発から旅行先まで

出発」から順に整理してみましょう。例えば、レンタカーを利用する場合、受取に店舗まで出向く必要がありません。自動運転のレンタカーであれば玄関先までオンタイムで配車されます。また、これはマイカーの場合もそうですが、職場環境が許せば退勤時刻に自動運転車が会社まで迎えに来て、そのまま出発ということもあり得ます。新幹線や飛行機を利用する旅行であっても、自宅からターミナル駅や空港まで自動運転車で送迎してもらうこともでき、パーク&ライドの駐車場を利用する必要もありません。

次に、「旅行先までの移動」行程においては、渋滞情報等とリンクして運転が行われるため、ベストなルートが選択され、所用時間の短縮効果が期待できるでしょう。また、運転から解放されることで、体感としての旅行時間も拡大します。景色の良い観光道路(シーニックルート)では、同乗者と車窓の風景やおしゃべりを楽しむことができます。

また、急加速・急発進等を抑制することによって“揺れない車”に進化していけば、居住空間や寝台としての快適性が高まります。例えば、早朝ゴルフも仮眠を取りながらいけるならば、今までほど移動時間は負担にならないでしょう。

さらに、朝起きたら別荘の玄関に着いているといった「どこでもドア」のような使い方も期待できます。週末の旅行では、金曜日の夜に出発して土曜日の朝から日曜日の夕方まで観光地にゆっくり滞在しても、帰りの渋滞運転を気にかける必要もありません。週末の短期旅行であっても観光地での滞在時間をより長く取ることができるでしょう。

時間の効率的な活用によって旅行時間が拡大することで、年休を取らなくても週末の旅行をゆっくり楽しむことができるようになると、勤労者世帯を中心に旅行需要が大きく拡大するでしょう。

■観光地で

観光地到着後」は、しばしば空車の駐車場を探す手間や駐車場から観光スポットまでの移動に手間がかかるものです。しかし、これも直接スポットまで送迎してくれて駐車場には自走して駐車してくれるので時間が有効に使えます。食事も、移動中にグルメ情報サイト等にアクセスして予約を入れておけば、お店側でも到着時間が予測できるので、着席したらすぐにウェルカムドリンクと前菜が用意される、といったオンタイムのサービスが可能になるでしょう。

観光コースも起点と終点が閉じている必要はありません。例えば、登山客であれば、登山口まで送ってもらって、下山口には自動運転車が待機していて、そのまま日帰り温泉まで送ってもらうようなこともできるでしょう。回遊型の歴史散策や折りたたみ自転車でのサイクリング等も、旅行時間を短縮できるでしょうし、高低差等を利用したコースアレンジの幅も広がるでしょう。

観光地までは飛行機や鉄道を利用した場合でも、現地での交通機関として、自動運転によるバスやタクシー、あるいはレンタカーの利用が選択肢にあれば、観光客の利便性が向上します。特に、人手不足や経営効率の低さに悩む過疎地の公共交通サービスを維持し、観光客の足を確保していくことが期待されます。

②旅行費用の抑制とモードチェンジの可能性

先ず、現状の交通機関別の旅行費用(宿泊費、交通費、飲食費、入場料、土産代等を含む)をみてみましょう(図表1)。飛行機が10.3万円、新幹線が7.4万円と高く、これにレンタカーが5.8万円と続いています。自家用車は4.2万円と低いですが、これとは別に自動車購入費用や維持費が必要になるという事情を勘案する必要があります。

交通機関別にみた旅行消費単価

さて、自動運転に期待される旅行費用抑制効果の一つに、燃費効率の向上があります。急加速等の抑制による効果だけではなく、自動運転車間の情報交換や信号機等との連携によって渋滞そのものを抑制する効果も期待されます(これは前記の時間短縮の効果にもつながっていきます)。十分に自動運転車が普及すれば、渋滞解消が燃料代の節減につながるでしょう。

燃料代以外では、例えば高速道路の早朝割引や深夜割引制度を効果的に使うことで、道路料金を抑制する人も増えるでしょう。駐車料金も市街地に止める必要が無いことから、都市観光地では低下する可能性があります。

さらに、車中泊をうまく組合せれば宿泊費を抑制できるでしょう。「車中泊は苦手」という人向けに仮眠が取れるようなサービスがSA周辺で広がる可能性もあります。

■モードチェンジの可能性

こうした自動車旅行単価の低下は、居住空間の快適性向上と相まって、新幹線、航空機、高速バスといった他の交通機関からのモードチェンジを促進する可能性があります。

ここで、都市規模別にみた自動車旅行の比率(宿泊観光旅行の最長距離に「自家用車」または「レンタカー」を利用した比率)をみると、大都市で43.9%と低くなっています(図表2)。その背景には、大都市部での自家用車保有率の低さがあります。維持費が高いこと以外にも、公共交通機関が発達していること、空港や新幹線など旅行の際の交通インフラが整備されていること等が自家用車を保有しない理由でしょう。

一方で、レンタカーの利用率は大都市で高いことから、自動車旅行へのニーズ自体が低いとは言い切れません。旅行時間の効率化や旅行費用の低下によって、他の交通モードに対する優位性が向上した場合、都市部で若年層や子育て世帯などを中心に、レンタカーやカーシェアによる自動運転車の利用が膨らむ可能性があります。もちろん、モードチェンジの可能性は、自動運転車の購入費用やレンタル利用料金がどの水準に落ち着くのかにも左右されるでしょう。

都市規模別自動車利用率

③旅行需要の底上げ

自動運転車の普及は、主に交通アクセスの阻害要因の解消という形で、旅行意欲の向上に寄与するのではないかと考えます。

最も端的な例を挙げれば、運転免許が無い人は同乗者という形でしか現状では自動車旅行ができません。自動運転であれば、運転免許が無い人でも自動車旅行を行える市場環境に変化します。もっと対象を広げると、「運転が苦手な人」「駐車が苦手な人」「高齢で不安のあるドライバー」なども自動運転の恩恵が大きいでしょう。

ここで、年代別、性別にみた宿泊観光旅行における自動車利用率をみてみましょう。年代別では若年層や高齢者、性別では女性で自動車利用率が低いことがわかります。こうした層では、運転免許や自家用車の保有率が低い、あるいは運転や車庫入れが苦手といった人も多いでしょう。自動運転車の普及が、旅行需要の底上げに寄与することが期待されます。

年代別・性別自動車利用率 宿泊観光レクリエーション旅行 自家用車+レンタカー

運転は好きだが、渋滞運転の区間は回避したいという人もいます。風邪気味の日、寝不足の日、仕事疲れの日など、体調が優れない時にも自動運転が役に立ちます。

旅行先の情報が不足しているケースにも自動運転は有効です。例えば、初めての土地で駐車場がわかりにくい観光地、一方通行の多い歴史観光地、バスレーンのある市街地等では運転に慣れたドライバーでも神経を使います。あるいは、行祭事等で臨時的な交通規制が掛かっている観光地等では、観光地の道路施設等から発信される交通情報とリンクすることで、これまでにない安心感が提供されるでしょう。

また、天候も運転者にとっての阻害要因になります。例えば、雨天時、日差しの強い時、黄昏時、強風時の運転など、視界やハンドリングに神経を使う季節や時間帯もあります。梅雨や雪の時期は旅行のオフシーズンですが、観光地まで安全に自動運転で到達することができるならば、旅行需要の拡大につながります。

同乗者の場合でも、小さな子供のように車酔いしやすい人にとっては、急発進等を抑制する自動運転技術が旅行へのハードルを下げてくれるでしょう。また、運転手役が高齢のドライバーであることに不安を持つ同乗者にとっても、自動運転は旅行に安心感を与えてくれるでしょう。

このように、自動運転は、「旅行時間」、「旅行費用」、「旅行意欲」に作用することで、旅行市場を活性化させることになるでしょう。それでは、その受け皿となる観光地はどのように進化していくのでしょうか。次回は、自動運転が観光地をどう変えるかについて考えてみましょう。

*1「災害(地震等)や悪天候(冷夏、上陸台風の数等)」といった不規則に発生する旅行意欲を阻害する要因については、ダミー変数を用いて補完することが多い。

②自動運転が与える旅行活動への影響