インタビューから読み解く技術と社会小見門 宏

②技術移転先である途上国の実情:加藤浩徳教授の視点

2017.05.17

東京大学工学系研究科にて教授を務める加藤浩徳教授にインタビューを行い、交通事業の評価手法や途上国の現状について伺った。加藤教授は、筆者の学部時代の指導教員で、交通工学や国際プロジェクトを専門とされている。後編となる今回は、日本がこれから技術移転をますます進めなければならない途上国の実情について、教授の実務経験を踏まえながらお聞きした。

小見門:後半では、加藤先生が実際に関わられた途上国でのプロジェクトについてお聞きします。途上国での実践活動としては、講義などでお話しされたミャンマーのヤンゴンにおける研究が記憶に残っていますが、実際にはどのようなものだったのでしょうか。

加藤教授:ヤンゴンでは、ミャンマーが民政移管する以前の軍事政権時代に、現地調査に関わることができました。ご存じの通り、ミャンマーは2011年頃までアメリカなどから経済制裁を受けていたため、国際的な経済交流は少なかったのですが、ASEANには所属していました。そのASEAN経由で要請を受け、日本とASEANとの協力の一環として、ヤンゴンの都市内交通の改善に関わりました。

小見門:具体的にはどのような研究を行ったのでしょうか。

加藤教授:ヤンゴンにおける都市内バス市場の実態に関する調査を行い、その改善策を検討しました。ヤンゴンでは「トラックバス」と呼ばれる、トラックの荷台を改造したバスが一般的に使われており、混雑時は乗客がトラックの荷台にしがみついて乗車するため、死亡事故にも繋がるなどとても危険な状況でした。また、交通政策の観点から言うと、バスルートの規制が適切ではなく、Point to pointのサービスネットワーク、つまり発着地を直接結ぶような運行経路が設定される傾向がありました。これは途上国ではしばしば見られる運行形式で、利用者の立場からすればドアトゥドアで行きたい場所に直接行くことができるので便利ですが、ヤンゴンの数少ない幹線道路を多数のバスが通ることで、深刻な交通渋滞が生じていました。そこで、私たちは幹線道路へのBRT(bus rapid transit)の導入可能性を検討しました。つまり、幹線道路を走るバスをより大容量にすることで集約し、BRTのバス停までの脇道はこれまでのトラックバスを使ったフィーダーバス(支線バス)にするシステムを提案したのです。

改善案の効果を測定するためには、人々がどこからどこへ移動しているのか、その需要を把握する必要があります。そこで、地元のヤンゴン工科大学の先生と学生に協力を仰ぎ、さらには現地警察も総動員してもらって大規模なアンケート調査を行いました。需要側だけでなく、事業者についても聞き取り調査を行った結果、トラックバスは基本的に個人経営であるという事実がわかりました。トラックのオーナーが、ドライバーに車両を貸し付け、そのドライバーがバスとして運行していたのです。オーナーの組合にも協力頂き、その費用構造や組織運営についてもインタビューを行うことができました。これらの結果をもとに、バスが個人経営ではあまりにも非効率的なので、規模の経済が期待できる会社組織の提案も行いました。

加藤浩徳教授

須田:政府や現地の反応はどうでしたか。

加藤教授:少なくとも政府は非常に喜んでくれました。経済制裁のためODAを受けられない中で、先進国の専門家が調査に関わることは極めて珍しかったからでしょう。先日、日本の担当者が現地を再度訪れたところ、未だに我々の報告書をとても大事に使っていたそうです。2009年の研究だったので、もう8年間も使ってくれていることになります。

小見門:ヤンゴンの持つ、日本と異なったユニークな政策などはありましたか。

加藤教授:ヤンゴン中心部ではバイクの侵入が規制されています。当時は個人が車を所有することが金銭的負担から難しかったため、バスの重要性が他の都市に比べて高かったようにも思います。

小見門:他の途上国プロジェクトについてもお聞きしたいです。

加藤教授:他には、例えばジャカルタを主な対象として行ったメガシティの研究(※)もあります。ジャカルタのような人口1000万人を超える超巨大都市が、どうすれば持続的に成長できるのかという問いを設定して研究を行いました。トリプルボトムライン(環境・社会・経済)という3つの側面から持続可能性を検討し、人類がかつて経験したことのない、しかしこれから将来ますます増加すると予想されているメガシティの今後を洞察しました。

小見門:具体的にはどう検討していったのでしょうか。

加藤教授:このプロジェクトは10年近くの時間をかけた大規模な研究プロジェクトで、参加した専門家も多岐にわたりました。プロジェクトのリーダーは建築史がご専門で、他にも経済学、経済史の専門家や環境工学、環境経済学の専門家、社会学、宗教学の専門家や土木や都市計画が専門の者もいました。建築のデザインが専門だった者は実際にジャカルタ市内のスラムに新たな建物を建造したこともありました。これだけ多様な専門家が集まると議論は常に白熱し、それはまるで異種格闘技のようで、こうした中から若い研究者が何人も育ちました。

加藤浩徳教授

小見門:最終的にはマスタープランを提出したのでしょうか。

加藤教授:そういうわけではありません。私たちはマスタープランという概念をも問い直しました。古典的な都市計画では、将来のある時点でこうなりたいという青写真を作成するものですが、メガシティは不確実性が高く一つの未来図を議論するのが難しいことや、一旦絵が描かれることで思考停止におちいることへの問題意識がありました。

そこで、メガシティを長期的な視野からマネジメントするために、私たちは「ラディカル・インクリメンタリズム」と呼ばれる考え方を提案しました。これは、インクリメンタリズム(=増分主義)という、少しずつ変化させることを意味する公共政策で用いられる概念を援用したもので、基本的には短期的な改善を続けていくのですが、一定程度続けていった結果、持続可能ではないと判断されたときには専門家が介入することで、方向性を大きく変えるという手法です。

小見門:最後ではあるが、自動運転技術をはじめ、日本が途上国へ技術支援・輸出を行う上で、重要なこと、特に今の日本に足りていない点があればお聞きしたいです。

加藤教授:国際社会で日本が活躍するために足りていない点は少なくとも四つあるように思います。一つ目は、多様性に対する心構えと柔軟性です。日本の人は、異なる価値観やそれに起因する多様な論理展開についていくことが得意でないと感じることが多いからです。二つ目は、デザインする力です。私たちは、単に人の話をまとめるだけでなく、そこから何か一つの形や方向性を創造することに慣れていないように思います。三つ目は確固たる自信。明確なアイデンティティとでも呼ぶべきものがないと、混沌とした国際社会で真っすぐな主張ができないでしょう。四つ目は地政学的センスです。世界地図を広い視野で見る機会が欠けています。世界を国境で区切られかつ日本中心の歪んだメルカトル図法の地図で見るよりも、地形の示された地球儀で見ることによって日本の地理的特性がよりよく理解できると思います。これらを改善することが、日本が自分たちの技術力を最大限活かして国際社会に進出していくために必要だと考えています。

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二回のインタビューを通じて、加藤教授の豊富な実務経験とそれに立脚した広範な視点からのご意見をうかがうことができた。もっと早くお聞きしたかったと今更ながら思う。研究では問題意識を先鋭化し、目的を設定することが求められるが、これはえてして視野を狭めることに繋がる。筆者は卒業研究の最初、費用便益分析にまつわる研究を計画していたが、その際今回お聞きしたような大局的な視点を持っておらず、全く広がりのないテーマであった。私たち、特に経験の浅い若輩者は、単に局所化された知ではなく、豊富な経験からでしか語れない俯瞰的な知をもっと学ぶべきだと感じた。きっとそれは一冊二冊の本を読むだけでは得られないものであるからだ。

※研究成果は『メガシティ』村松伸編(東京大学出版、2016〜2017年、全六巻) としてまとめられている。興味をもたれた読者は一読されたい。

加藤浩徳教授

②技術移転先である途上国の実情:加藤浩徳教授の視点