「自動運転時代」と日本の戦略古谷 知之

③ドイツとの連携から見えてくるもの

2017.02.24

今年(2017年)1月12日に、鶴保庸介内閣府特命担当大臣(科学技術担当)とドイツ連邦教育研究省(BMBF)のヨハンナ・ヴァンカ大臣が、「自動走行技術の研究開発の推進に関する日独共同声明」に署名した。内閣府は今後、ドイツBMBFや連邦交通デジタルインフラ省(BMVI)との連携により自動運転に関する研究開発や技術協力、実証実験などを進めていくことになる。日独の自動運転技術に関する連携を深める声明がこの時期に出されたのは、一定の意義がある。ドイツでは今夏に連邦議会選挙を控えているからだ。それだけに、政治的な先行きに不透明感があるなかで、選挙後の「次の政権」とどのような形で自動運転に関する法整備・研究開発・教育について連携をはかり科学技術外交を展開するのか、しっかりと準備する必要がある。今回は、我が国はドイツとの連携から、自動運転分野で何を学び、活かすべきなのかを考えてみたい。

科学技術外交には政治家の学位も重要になる

昨年5月、筆者は、所属する慶應義塾大学にヴァンカ大臣を招聘し、記念講演会を主催した。彼女は、旧東独ザクセン州出身の数学博士で元大学教授、数学オリンピック金メダリストという経歴の持ち主である。ドイツの政治家は「ドクターホルダー(学位取得者)」であることが一般的で、肩書の見栄えのためだけに学位を取得する人も少なくないが、大臣は筋金入りの学者兼政治家である。理論物理学を研究していたメルケル首相と同じ旧東独出身者で、似たような経歴を持つということもあり、首相の信頼も厚いようだ。

ところで、ドイツに限らす欧州やアジアの政治家・ビジネスリーダーの多くは学位取得者であり、また彼ら自身もそのことを誇りに思っている。彼らとの個人的な会話の中で、「ところで日本人の政治家やビジネスマンは、なぜ学位を持っていないのか」と聞かれ、返答に窮することがしばしばある。学位を持っていないような政治家や社長とは対等に話せない、といった彼らのプライド(本音)を垣間見ることもある。学位を持っていないことを馬鹿にしているということではなく、政治家やビジネスリーダーとしての役割を担うくらいの人物であれば、学位を持っているのは当然、という程度の認識であろう。

日本はこれまで政治やビジネスの分野で学位が軽視される傾向にあった。確かに日本の政治家や社長の学歴は必ずしも高いとはいえない。しかし今後、自動運転やIoTなどの分野で科学技術外交を展開し、市場を開拓していこうとするなら、学位くらいは持っておいたほうがよろしいのではないか、と最近強く感じている次第である。

レベル0〜レベル5の6段階で戦略を練る欧州

話が少しそれたが、本題に戻そう。

BMVIは交通と通信のインフラを所掌する省であり、自動運転やドローンについても方針を示している。日本で言えば、国土交通省と総務省の通信部門を統合した、フィジカル空間とサイバー空間のネットワーク・インフラを一元的に所掌する役所といえばよいだろうか。交通網と通信網の社会基盤に関するガバナンスを統合していることは、インダストリー4.0のようなCPS (cyber physical system) のイノベーションを推進する上で、非常に有利である。

同省が示す自動運転の戦略は、“Strategy for automated and networked driving”に詳しいが、その目的を簡潔に言えば、「自動化され、ネットワーク化された自動車が、自動的に運転タスクを引き継ぎ、運転手が常にシステムを見張っていなくてもよいようにする」ということである。そのために、「法の確実性」に関する様々な取り組みを進めている。「運転手の定義」などといった国際的な法的枠組み、国内の法的枠組み、ドライバー権限の移譲・引き継ぎといった運転手の訓練、免許と検査、などである。

具体的には、上述のロードマップでは以下のような点が示されている

・インフラ投資:ブロードバンド(50Mbps/s)を2018年までにカバーさせる。自動運転車両やコネクテッド・カーの走行を可能にするインテリジェント道路の整備など。
・規制緩和:ウィーン条約や関連規制の緩和など。
・イノベーション:自動運転関連への研究資金拡充など。
・サイバーセキュリティとデータ保護

ドイツを含む欧州諸国では、EUの決定のもと設立された、自動車業界のハイレベルグループGEAR2030において、自動運転車やコネクテッド・カーを欧州で実装するための戦略策定が進められている。自動運転とコネクテッド・カーの実装レベルをレベル0〜レベル5までの6段階に分け(自動化のレベルとしては、実際にはレベル1からの5段階)、2015年から2030年までに社会実装を完成するという15カ年の戦略である。

内閣府SIPの自動走行システムのロードマップでは、自動走行車両のレベルをレベル1〜レベル4までの4段階に分けているが、EUは日本(や米国NHTSA)のレベル4「完全自動運転」の段階について、レベル3「準自動運転」との中間領域を設けている。日本は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに概ねレベル3を達成し、その後2030年までのどこかの段階でレベル4を達成しようとしている。しかし、EUではレベル5「Full Automation」の一つ手前のレベル(日本で言うレベル3とレベル4の間)を設けることで、高速道路や都市・農村部、駐車場など限定された空間での自動運転の実装方法についても、具体的に示している。日本は2020年から2030年までの自動走行システムの社会実装に関しては、十分に明記されていないが、2020年までの取り組みで息切れせずに「自動運転マラソン」を完走できるような仕掛けづくりが必要である。

出遅れている日本の公共交通戦略

EUの戦略で特徴的な点として、次世代公共交通に関する実装のスピード感の速さが挙げられる。日本の戦略にももちろん当該分野に関する戦略が示されているが、EUの場合は、いきなりレベル4「High Automation」からスタートしている。ここでいう次世代公共交通(日本ではAdvanced Rapid Transit: ARTとも言われる)とは、サイバーカー(cybercar)、自動運転バスそしてパーソナル・ラピッド・トランジット(PRT)の3つである。サイバーカーは、いわゆるラストマイル・ソリューションであり、日本でいうところの「ラストワンマイル」自動走行である。

すでにフランスではパリ交通公団(RATP)による自動運転の電気シャトルバスの運行が開始されるなど、低速度での運用が実装されている。ドイツでもベルリンでドイツ鉄道(DB)が開発した8名乗り無人運転バスOlliのテスト走行が開始されている。いずれのケースでも、都市部や都市郊外部で鉄道事業者がバスの自動運転サービスを行っているのが特徴である。鉄道事業者は、公共交通の安全運行管理だけでなく、地域公共交通の「生態系」を維持してきたという実績があるため、次世代公共交通の主体としてはうってつけである。逆に言えば、地域交通のエコシステムを作れないような事業者は、公共交通の自動運転サービスやIoTサービスを担うべきではない。

いまのところ、日本の自動走行の戦略の中で、鉄道事業者はプレーヤーとして名乗りを上げてないようだし、内閣府の資料などにも鉄道企業の名は見当たらない。ARTをバス事業単体として捉えて、公共交通需要が低減している地域を対象に社会実験を行っているだけでは、自動運転サービス事業を持続的に継続するのは困難になろう。都市圏の鉄道事業者による自動運転サービスの展開は、沿線需要の喚起、沿線価値の向上、そして新規事業の創出という点から有益である。

BMVIのように交通政策と通信政策を一体的に行えるようになれば、財政政策として道路や鉄道網などの整備・維持管理を行いながら、自動運転の普及を図ることも可能となる。自動運転による富の受益者は、一次的にはその運営企業たるIoT企業などであろうが、そのサービスは道路や鉄道網がなければ、持続可能なものとして成立し得ない。自動運転を「生態系」として社会に根付かせるためには、その利益を道路・鉄道整備などの「公共事業」に還元するような仕組みづくりが必要である。交通環境分野で「鉱油税」を鉄道整備事業に充当しているのと同様な財政制度が、交通情報・自動運転分野であってもよいだろう。もっともこの仕組は、自動運転サービスが社会に普及しなくては意味がない。自動運転を始めとする新産業分野に対する優遇税制度の導入や法人税引き下げを行い、国内新興企業を後押しすべきである。

経済生産性の向上は、生産に必要な人やモノ、情報の移動コストをどれだけ短縮できるかにかかっている。これは経済成長の本質であり鉄則である。道路整備水準が質・量ともに我が国を上回っているドイツですら、幹線道路をはじめとする道路の整備(延伸・新規開発)と維持管理の手綱を緩めてはいない。Industry 4.0の成否について、既存公共事業と切り離して考えることは、決して有意義ではない。我が国で第4次産業革命やSociety 5.0を推進する上でも伝統的な公共事業を筆者が重視するのは、この点にある。

いずれにせよ、自動運転に関するドイツの取り組みについては、連邦議会選挙後の今秋以降も、注視していく必要があろう。

③ドイツとの連携から見えてくるもの