「自動運転時代」と日本の戦略古谷 知之

④見捨てられた地方創生—首都圏郊外の再生に向けて—

2017.03.27

地方創生から見落とされてきた首都圏郊外

自動運転やIoTなどのCPS (Cyber-Physical System)を活用して新しい社会像を構築しようとするときに欠かせない視点が、「どの地域をどの時期にどのようにしたいのか」という将来像を描くことである。自動運転などの社会実験は、地方創生の観点から、いわゆる「地方」を中心に国家戦略特区を指定して行われてきた。しかし、このような日本の地域構造の改革という観点からは抜け落ちている(或いは十分に議論されていない)地域がある。首都圏や中京圏、関西圏などの大都市郊外である。

ここでいう大都市とは、上述の三大都市圏に加え、いわゆる札仙広福(札幌・仙台・広島・福岡)の地方中枢都市圏くらいの都市をイメージしている。東京—名古屋間のリニア中央新幹線の開通後には、首都圏と中京圏が一体的な経済圏として活性化することだろう。リニア新幹線の整備がそれよりも遅れる関西圏は、経済成長のグランドデザインを描きにくいため、IR(カジノを含む統合型リゾート)や万博の誘致に躍起となっている。札幌は空港の民営化などを機に北海道全体の経済を浮上させることが期待される。福岡・北九州は、その地理的利点を活かし、東アジアのゲートウェイとしての機能を強化していくことだろう。

このうち、経済成長のトリガーになりうるのは、何と言っても首都圏の郊外部であると考える。しかしながら首都圏郊外は、(当然のことながら)地方創生という観点からは「見捨てられてきた」地域である。神奈川県や千葉県成田市が国家戦略特区に指定されているものの、先端技術を導入するための規制緩和(といっても多くが弾力的な運用で賄えるものだが)メニューが示されているに過ぎない。立地する企業が地域とともに将来像を描くというには、まだまだほど遠いだろう。

そこで本稿では、首都圏郊外に絞って、第四次産業革命後の都市とそのあり方について考えてみたい。

首都圏郊外のリノベーションの鍵は鉄道事業者

首都圏郊外のリノベーション主体として幾つかの自治体や事業者が考えられるが、その牽引力となるのは何と言っても鉄道事業者だろう(筆者が鉄道好きだという点を差し引いても)。その理由は大きく3つ挙げられる。第一に、首都圏が放射・環状型の幹線鉄道網を軸に発展してきたという実績があるからである。また将来の人口分布を見てみても、人口減少をするのも鉄道沿線だが、人口増加をするのも鉄道沿線である。第二の理由は、(第一の点とも関連するが)鉄道沿線には多くの人の人生がたくさん詰まっているからである。居住地・従業地・企業立地の選択意思決定の多くは、鉄道を抜きにはなされないし、それが故に「働き方改革」などの新しい取り組みを行いやすい。そして第三に、筆者がこれまでにも述べてきたように、鉄道事業者は本業とする安全運行管理の実績を有することから、自動運転やIoTといった先端技術を導入した交通まちづくりに取りくみ、新しい生態系を構築するだけの能力がある。また鉄道駅周辺のまちはセンサーの集合体といってもよく、これを活かさない手はない。

都市郊外部には、リタイアした高齢者のみならず、結婚・子育てにより離職した主婦が少なくない。筆者などは大学のプロジェクトを推進する際に、事務員や秘書などの人材募集をすることがあるが、失礼ながら郊外でも驚くほど高学歴・高技能な主婦が居住していることがわかる。大学規定の賃金で雇用するのが申し訳ないほどだ。こうした人材を、教育研究などのイノベーションの場で活かさない手はない。また女性医師などを中心に、高学歴・高収入の女性が、大学や研修の時期には地方に住んでいたが、結婚・子育てを機に都市部に戻ってくることがしばしばある。こうした機会を捉えて、優秀な女性就業者(とそれに付随する男性就業者)に、どうやって郊外に住んでもらうかということを考えるのも、一つの大事な視点である。地域の出生率だけでなく、教育水準や地価の向上にもつながると考えるからだ。

土地利用という観点からは、急速な空地化・空室化が課題である。首都圏では都心から30-40km圏では、自治体が運営する施設や民間テナントを中心に空室化が進んでおり、駅アクセスが良くない宅地では戸建住宅でも空き物件が少なくなくなっている。まさに、「都市構造のスパース(疎)化」が進行しているのである。空き物件が更に周辺の空洞化をもたらすという、負のスパイラル構造に、既に陥っている。この連鎖を断ち切るために、ベンチャー企業の誘致支援などが求められている。

更に、移動手段である鉄道網に目を転じると、インフラのリニューアルが課題である。鉄道事業者は相互直通化による運行区間の長距離化や、観光路線を中心とした高価格化・高付加価値化といった新しいサービスを推進し、企業努力をすすめている。他方、インフラに着目すると、都心部で高架化・複々線化・地下化が進行し一段落しつつあるものの、都心ターミナル駅や郊外拠点駅は老朽化しつつあり、既に再開発を進めているところもあれば、これから更新時期を迎えるところもある。人口減少を迎え乗降客数の増加が見込みにくい状況では、郊外路線を対象に大規模なインフラ更新を行う体力を維持するためにも、居住地選択や企業立地選択にとって魅力的なメニューを揃える必要がある。

鉄道を軸にした郊外モデルの課題

こうした現状認識を基に、鉄道を軸とした新しい都市郊外モデルを発想することができるだろう。取り組むべきテーマは、大きく2つ考えられる。一つは働き方の改革に関するものであり、もう一つは先端技術を活用した交通まちづくりである。

まず働き方改革に関しては、(1)新しい雇用形態の推進:定年後再雇用者を中心とする副業の全面解禁や若手社員のサバティカル取得など、(2)通勤構造の効率化:通勤混雑緩和の社会実験、複数居住地・複数従業地を前提とした職住近接・テレワーク、(3)子育て世代に魅力的なサービスの提供:家事代行やシッティングサービスの拡充、高い教育水準を確保できる保育施設の設置、などがある。

勤務先や従業地が複数存在するようになると、一般市民でも確定申告をする必要が出てくる。この際、全市民を対象に確定申告を義務化するのも、自治体の税収増という点からは有益かもしれない。地方自治体のふるさと納税が加熱化する中で、異常と思えるようなサービスや商品を提供し、本来のふるさと納税の理念から逸脱するような地方自治体も少なくない。全市民が確定申告をするようになると、自身が居住する自治体における税の収入・支出にもより関心をもつようになるのではないだろうか。

IoTなど先端技術を活用した交通まちづくり施策に関しては、(1)郊外駅周辺などでの新しいデジタル産業の立地促進、(2)自動運転・遠隔操縦車両を活用したアクセス交通(出発地から駅までの交通)・イグレス交通(駅から目的地への交通)についての社会実験、(3)鉄道駅周辺での住替え促進、などが挙げられる。

新規立地事業者は、従業員への住宅補助などのインセンティブを付与する代わりに、通勤手当を廃止すれば、必然的によりコンパクトな通勤構造が形成されるだろう。都市郊外部の空地空室を活用できるデジタル産業には、e-sports産業やドローン産業などがある。e-sportsなんてテレビゲームオタクの集まりではないかと思われるかもしれないが、世界的には非常に盛んであり、2017年には800億円市場になるとも予測されている。ドローン人材が慢性的に不足する中でその育成が全国で進められており、都市部や近郊部でドローンを飛ばせる場所へのニーズは非常に高い。

エコ&健康住宅への居住インセンティブや、子育て機共働き世帯への移住インセンティブなどを活用して、新しい技術に敏感で比較的富裕な若い世帯を取り込むことができれば、地域の出生率も改善されるのではないか。ナース・プラクティショナーや遠隔医療・遠隔服薬指導が可能な病院・薬局が立地されれば、居住利便性や地域価値も向上することだろう。

特区等の活用が必要な施策

いわゆるラストマイル自動走行と呼ばれる、無人移動自動走行によるサービスは、ドライバー不足やバス路線の赤字による縮小などにより移動ニーズが充足されていない過疎地や郊外部で、政府が推進しようとしている。地域交通の生態系を考慮すれば、バスと鉄道の連携がより容易な地域などを対象に、様々な社会実験メニューを用意し、取り組むべきである。小型バスなどの自動運転車両を開発しているメーカーや、交通利用者のビッグデータ解析事業者(AI事業者など)、アプリ開発事業者など、様々なプレーヤーが存在する中で、事業者が有機的に結びつく仕掛けが重要である。政府の取り組みの中でも、とりわけ官民連携コンサルテーションの果たすべき役割は小さくない。ジュネーブ条約の規制下においては、運転手同乗を前提とした自動運転・遠隔操縦バスの実験を行うのは、ドライバーが不足しているという社会的課題と矛盾する。技術進歩の速さを考慮すれば、制度設計や規制緩和を待つことなく、“regulatory sandbox”(「制度の砂場」:事業者に対して現行法をすぐに適応せず、実験的な試みが可能な環境を提供する仕組み)などを活用して、できることをどんどん始めるべきだ。

既にこの連載でも述べてきたことではあるが、自動運転やドローン、IoTを活用する上で、何よりも大事な視点は「安全」である。これまでの鉄道事故や自動車事故の例をみても分かるように、ある企業が何百万人、何千万人の人を安全・快適な輸送で幸せにしてきたとしても、事故で人命が失われた途端に、(たとえ原因が十分に解明されていなくても)事故を起こした企業は世論や政府機関・市場関係者から袋叩きにあう。また事業者にとって、最大の関心事項は、自動運転などが果たしてビジネスとして成立しうるかということである。

こうした新しい技術のニーズが高く、かつビジネスとして成立しうるのは、一定の人口密度以上の地域であると考えられ、過疎地などではビジネス化は決して容易ではないだろう。高密・高層の都心部で安全性に配慮しながら自動運転やドローンの普及促進に取り組むのは、かなり難易度が高いが、都心近郊や郊外部では少しハードルが下げられる。安全とビジネスという車の両輪がうまく回るように、大都市郊外部の再生を検討し、着手する時期に、そろそろ来ているのではないだろうか。

④見捨てられた地方創生—首都圏郊外の再生に向けて—