「自動運転時代」と日本の戦略古谷 知之

②自動運転やロボットを経済成長のエンジンとするには

2017.01.26

2017年は、いくつかの国で新しいリーダーが誕生する。「誰も予想しえなかった」トランプ新大統領が誕生し、欧州では一連の選挙がある(*1)。トランプは選挙期間中、AIが雇用を奪うと警鐘を鳴らした。そして欧州では、難民・移民問題が政治的に大きな争点の一つになっている。経済停滞期における自国民の雇用確保の問題でもあるから、基本的にはいずれも雇用が問題の根底にあるといってよい。

労働力の不足が予測されている日本では、一定の経済成長率と労働生産性改善率を維持するためには、AIやロボット、自動運転車両が早い段階で人間の労働を代替・補完できるようになってもらわなくては困る。前回も述べたが、現状の労働生産性改善率を維持しGDP成長率1.5-2.0%を維持するためには、労働力人口6000-7000万人程度を維持するのが望ましい。出生率2.07を保ち、女性・高齢者の社会進出が促進したとしても、2060年の労働力人口は5500万人に満たない。およそ1500万人にものぼる労働力人口不足を埋め合わせるには、ロボットや自動運転車両、自律航行航空機・船舶の普及が必須である。「自動運転社会」の衝撃は、これらの技術を活用・普及させないと、日本が経済的に世界的プレゼンスを失うことにあると言ってよい。

経済成長が労働力人口増加、労働生産性向上及び資本ストック増加によりもたらされるという経済原理から言えば、労働力人口の減少が予想される日本においては、それを補うだけの生産性向上もしくは資本ストック増加を確保する必要があるのは、言うまでもない。ロボットが普及した場合の生産性向上については、すでに様々な研究がなされている。例えば、19世紀後半から20世紀初頭の蒸気機関の労働生産性向上率は0.34、20世紀末のITがもたらした労働生産性向上率は0.60だったのに対し、20世紀末から21世紀初頭にかけてのロボティクスの労働生産性向上率は0.36程度であったとの研究成果が示されている。自動運転車両の普及による労働生産性向上は、労働者の空き時間確保による代替的な労働を可能にするというよりもむしろ、安全性の向上や道路混雑緩和、都市空間の効率化などによりもたらされると考えられる。ただし自動運転がもたらす経済効果は、後述するように、自動車の私的利用よりもむしろ、物流や公共交通の面で大きいだろう。

議論すべき点はむしろ、自動運転車両・ドローン・ロボットが溢れる自動運転社会で生産性向上を達成するためには、①どれくらいの量を生産する必要があるか、②どのように社会資本整備と制度設計を進めるべきか、③だれが新しい技術を所有しどのように富を分配するのか、ということであろう。

現在は、2020年或いは2025年を目途に、都市および農村部での自動運転車両や無人機の安全な運用ルールを議論している段階に過ぎない。次の段階として、労働生産性向上を持続するために必要なロボット、自動運転車両・無人機の目標生産量と、自動運転社会を実現させるために社会資本整備目標値、および富の分配方法について、国をいかに成長させるべきかという戦略論とともに検討されるべきである。

 

どれくらいの量を生産する必要があるか

まず①の点については、1500万人分の労働力人口を補う生産性向上を確保するのに、何百万体のロボット、何千万台の自動運転車両やドローンが必要なのかと言い換えてもよいだろう。トラックドライバーが十万人規模で不足する(〜2030年)ことはすでに書いたが、他の業種でも人材不足が指摘されている。農業労働力の不足は数10万人規模(〜2040年)、介護士の不足数は約38万人などともいわれている。薬剤師はすでに慢性的に人手不足だし、ドクターヘリや防災ヘリのパイロットは高齢化し(50歳以上が2/3以上)、育成に数千万円もの高額な費用がかかるため世代交代が十分に進んでいない。2011年から2060年までの年間社会資本整備費は190兆円とも指摘されており、建設労働者の育成と確保も課題である。まずはこうした緊急に人材確保が必要な分野から、自動運転技術やロボティクスを積極的に投入しなくてはならない。データサイエンティストは25万人不足しているといわれており、大部分はAIで代替可能であるものの、AIをどのように使いこなすのかを意思決定するマネジメント人材は、やはり必要だ。

 

どのように社会資本整備と制度設計を進めるべきか

次の②は、都市や地方に自動運転技術を普及させるために、どのような社会資本をどれだけ整備すればよいか、という問題である。近年の日本では、道路や鉄道などの公共投資に対するアレルギー反応が小さくないが、自動運転技術と関連する公共投資がもたらす生産性向上の効果については、きちんとエビデンスに基づいて精査されるべきである。

自動運転車両については道路インフラを大幅に変更しない前提で、自動走行システムの実現に向けてのロードマップが示されている。しかし、自動運転車両を既存インフラだけでなくロボットやドローンなどと協調させて活用するとなると、建物や道路などにも新しいインフラ整備が必要になるかもしれない。ドローンポート付きのマンションについてすでに国内外でも議論がはじまっているが、ドローンや空飛ぶ自動車(flying-car)の駐車場(駐機場)整備の在り方、ドローン搭載型自動運転車両を前提とした道路空間の在り方など、検討すべき課題は少なくない。

イギリス、スイス、オランダ、ドイツなどでも、物流や公共交通の手段として自動運転車両やドローンの利活用と社会実験が進められている。現状では自動車・道路側から自動運転車両の普及促進が議論されているが、自動運転車両のオペレーションは、鉄道やバスなどの公共交通事業者が長けているだろうから、新しいビジネスチャンスになるだろう。

例えば都市鉄道利便増進法など、都市鉄道の機能高度化を図る制度を補完する手段の一つとして自動運転技術を活用することもできる。一人で複数台の自動運転公共交通車両のオペレーションが可能になるなら、地域公共交通網形成計画及び地域公共交通網再編計画などで自動運転地域公共交通手段の利用も促進される。他方、自動運転のマストランジットは、鉄道の競合主体ともなりえるから、地域公共交通の維持という観点からも導入の是非を議論すべきだ。このように考えれば、道路空間だけでなく、公共交通空間も含めた自動運転技術に対する社会資本整備のあり方について、積極的に検討すべきである。

物流は自動運転車両だけでなく、ドローンやロボットとの統合活用がよい。中長距離輸送は貨物鉄道や自動運転トラック、数キロ以内の範囲でドローン、宅配先までのきめ細かいサービスをロボットで、という具合だ。ロボットなら配送先が不在でも、ストレスで荷物を壊したり運搬用台車を蹴ったりすることはきっとないだろうし。

無人の自律制御(あるいは遠隔操縦)された航空機・車両・船舶が街や農村、水中(水上)に溢れるだろう。仮にそれを「自動運転社会」とよぶ。「自動運転社会」では、社会課題の解決のために、ロボットやドローン、自動運転車両が選択される社会になる。

 

誰が所有し、富を分配するのか?

第三のポイントである「誰が所有し、富を分配するのか?」という命題は、以前から存在する。自動運転技術やロボット、ドローンを大量に所有する1%程度の富裕層・資本家が富を独占することになった場合、ロボットなどに仕事を「奪われた」市民に対して富をどのように配分し、所得補償するのか、などということも既に議論されている。

大量に労働人口が不足する日本では、状況が異なる。繰り返しになるが、人の仕事を奪うぐらいの勢いでロボットやAIに仕事をしてもらわないと困るのだ。とすれば、医療・介護、農業、物流、公共交通など、様々なサービス分野でロボティクスやドローン、AIなどの複合技術を統合して活用する事業者が今後増加し、社会課題解決や経済成長のエンジンとなるだろう。重要な点は、ロボットやドローン、AIなどの「要素技術」単体ではなく、統合技術をサービスに利活用できるか、ということである。

統合技術をサービス事業に有効活用するためには、社会基盤の改変が必要になる。自動運転車両を前提とした道路交通インフラ(車線数・幅員の改変、サインの見直しなど)、ドローン、AIやロボットを前提とした建築物・土木構造物などが不可欠だからである。サイバー空間のデジタル統合技術とフィジカル空間の社会基盤技術との境界領域において経済活動が展開されるということになれば、全くの自由な競争のもとに特定の企業や個人のみが膨大な利益を得るという市場環境で経済成長を達成するのは、難しいだろう。同様に、公共交通事業など伝統的な経済市場においても、一定の規制緩和が求められる。そのためには、フィジカル空間を対象とした伝統的な経済とデジタル市場を対象とした新しい経済とが歩み寄らなくてはならない。

われわれの社会はいずれ、コンピュータ・サイエンスやデータ・サイエンス、AI、インターネットなどといったサイバー空間上の技術と、自動運転、ドローン、デジタルファブリケーションなどのフィジカル空間上の技術を統合した「デジタル統合技術」に支えられることになる。「個別技術」ではない。デジタル統合技術を駆使することそれ自体が目的なのではなく、医療・介護、交通、安全保障などの社会課題を解決することが目的であり、そのためには経済成長や地方創生に必要な制度の再設計(あるいはルール変更)が求められる。

デジタルテクノロジーによって支えられる社会

デジタルテクノロジーによって支えられる社会

構築すべきルールには、①国側から見たルール(国際条約、国際商取引など)、②企業側から見たルール(標準化、Sandboxの設定など)、③ユーザ(あるいは消費者)側から見たルール(安全性の確保、消費者保護など)、の3種類がある。日本の場合は、自動運転やドローン、ロボットをできるだけ市場に普及させ、ユーザ側からのルール形成に注力をするのが望ましい。その理由はいくつかある。

第一に、日本は過去3回の産業革命において、鉄道や自動車、インターネットを自ら発明したわけではないが、これらを社会の隅々にまで普及させ、発明国以上のサービスを提供することにより、経済成長のエンジンとしてきた。標準化などの国や企業側の観点からのルール形成はドイツや米国などにまかせ、むしろ日本は安全基準や普及策などユーザ側の観点や地球規模での課題解決の観点からのルール作りに力を入れたほうが良い。もっとも、我が国の安全保障に関わる技術に関してはこの限りではない。

第二に、自動運転やドローン、ロボティクスは、技術安全性への信頼が必ずしも高くないことから、第三者の運営管理による共有(シェアリング)や貸与(レンタル)によるサービスが大勢を占めると予想される。言ってみれば、Google、Amazon、Facebook、AppleあるいはAlibabaやTencentのようなサービス形態だ。サービス提供による手数料が主な収入源である。であれば、例えばFintechを活用したチャレンジャーバンク+自動運転シェアリングサービスを行うような事業者が、経済活動をしやすい市場環境を形成することが大事なのではないだろうか。

第三に、実はこれがより深刻な問題かもしれないが、自動運転やロボティクス、ドローンは、半導体や組み込み技術などの分野で、すでに欧米や中国の後塵を拝している(それどころか、かなりの周回遅れだ)。

筆者がこのように考える理由は、また別にもある。自動運転やロボット、ドローン、AIなどは、現時点ではその利便性がもてはやされているが、危険な側面もある。例えば、自動運転車両が子供を轢き殺してしまったとき、ロボットやドローン、AIが誤操作で子供に危害を与えたとき、技術に対する期待値は、急速にしぼんでいくことだろう。

自動運転やドローン、ロボティクスなど統合技術を活用して、国際的なイニシアティブを発揮したいのであれば、これまでのように個別技術単位でロードマップを作成するだけでは不十分である。今後は、統合技術全体を俯瞰したロードマップを作成することが肝要だ。これについては、次回以降に論じてみたいと考えている。

*1 オランダ総選挙(3月)、フランス大統領選挙(4月)、ドイツ連邦議会選挙(8-10月)

②自動運転やロボットを経済成長のエンジンとするには