研究都市つくばのパーソナルモビリティ戦略松本 治

③パーソナルモビリティの「実用化しづらさ」

2017.03.02

1章「パーソナルモビリティでユニバーサルな移動をつくる」で述べたような利点がありながらも、パーソナルモビリティが話題になることは少ない。自動運転が話題になるのも、もっぱら複数人乗りの自動車がメインだろう。なぜか。その原因の一つがパーソナルモビリティの「実用化しづらさ」にあるのではないだろうか。現状の道路設計や法制度が、車を中心として整えられてきたことで生じる、パーソナルモビリティの実用化に伴う困難について、開発コスト、法規制、安全基準など多角的に紹介する。

3-1 規制される技術開発

パーソナルモビリティは外国製を含めて多様な形態のものが開発されているが、大きく立ち乗り型と座り乗り型に分かれる。まず、立ち乗り型はセグウェイのように平行2輪で、計算機制御によって前後方向の安定性を確保するタイプである。まだ市場には出ていないが、トヨタ自動車のウィングレットも同タイプであり、小型で横幅が人の肩幅以下であるため人混在環境での使用に関して親和性が良い。立ち乗り型モビリティについては、近年中国製も市場に出ており、サイズ・重量やデザイン、操縦インターフェースなどについては差別化が進んでいるものの、既に基本走行制御については開発が終了しており、後は公道走行のための法規制緩和や環境整備が進むことで、十分に普及が期待できる。

一方、座り乗り型の開発にはまだ課題が残っている。座り乗り型の開発スタンスは二通り存在する。一つは、既存の電動車いす(*1)の形態をベースに、ロボット的な機能を付加したボトムアップの開発方法であり、もう一つは、安定化制御や自律走行制御などのロボット技術をコアとして、新しい形態のモビリティを開拓するトップダウンの開発方法だ。前者の開発スタンスでは既存の電動車いすの規格の中、もしくは多少のアレンジの中で収まるように開発が進み、自動走行技術などの先端技術をその枠の中でどう実装するか、またどう低コスト化を図るか、という視点での開発になるだろう。一方、後者の開発スタンスでは、新たなモビリティの法制度上のカテゴリーを策定することも同時に考えねばならず、実用までの道のりが少し険しくなるのは否めない所である。

例えば、電動車いすは後述のように道路交通法上の規定では高さ109cm以下という制約があり、その制約から屋根付きのモビリティは規定外となる。何れにしても、パーソナルモビリティの最終普及形態を個人所有と考えると、現在の電動車いすの価格帯である30〜40万円程度、もしくはそれ以下にすることが求められ、リーズナブルな価格に収めることを度外視した技術開発はあり得ない。

*1 本稿ではハンドル型電動車いす、普通型電動車いす、簡易型電動車いすなどすべての形態の電動車いすの総称として用いる

3-2 安全基準がないことが開発意欲の足かせに

パーソナルモビリティを市場に出すうえで、メーカが一番神経質になるのはその安全性である。とくに大企業にとっては、現段階でニッチ市場であるパーソナルモビリティが万が一にも事故を起こすと、別の本体事業にも悪影響を及ぼすという意味で、リスク・ベネフィットの関係から実用化に二の足を踏むのも仕方がない。その問題を解決するためには、一定の安全性を満たしていることを第三者機関が保証するような仕組みが欲しい所である。車道走行型モビリティであれば、国土交通省が定める「道路運送車両法」の該当するカテゴリーの保安基準に当てはめて考えれば良い(*2)が、本稿ではパーソナルモビリティを歩道走行型モビリティとして捉えているため、これを当てはめるのは困難である。

また、パーソナルモビリティの中でも電動車いす型に関しては、現在の電動車いすに係る法制度下における型式認定制度を活用することができる。しかし、電動車いすの枠組みから大きく外れたロボット的な乗り物(セグウェイなど)については保安基準に相当するものはなかった。そのような課題を解決するため、2009年から5年間に渡って実施されたNEDO生活支援ロボット実用化プロジェクトでの成果を生かす形で、パーソナルモビリティを含む生活支援ロボットの国際安全規格ISO13482(Robots and robotic devices — Safety requirements for personal care robots)が2014年2月1日に発行された。

この中でパーソナルモビリティはperson carrier robotとして位置付けられており、安全要求事項や保護方策、それらの検証方法や妥当性確認方法などが規定されている。ただし、生活空間での用途を想定しているため、対象は時速20km/h以下のモビリティに限定されている。セグウェイが最高時速20km/hなので、それを参考に設定されたのであろう。さらに、その国際規格のJIS版であるJIS B 8445「ロボット及びロボティックデバイス―生活支援ロボットの安全要求事項」や、セグウェイのような倒立振子制御型モビリティのみを対象としたJIS B 8446-3「生活支援ロボットの安全要求事項-第3部:倒立振子制御式搭乗型ロボット」も2016年4月に発行され、徐々に安全規格の策定が進みつつある。person carrier robotについては、現段階ではまだこの規格に基づいた認証事例は出ていないようであるが、実用化フェーズでは取得を考えるメーカも出てくることが予想される。

*2 ただし、つくばで実施している「搭乗型移動支援ロボットの公道実証実験」では、歩道走行ではあるものの現行法に合わせるため原動機付自転車や小型特殊自動車の保安基準を緩和して適用している。

3-3 公道使用上の法規制

歩道を含む公道走行使用が前提になるパーソナルモビリティには、警察庁が定める道路交通法上の制約が存在する。歩道走行する電動モビリティは現在の所、電動車いすしか認められていない。普及している電動アシスト自転車は自転車の一種なので軽車両であり、基本的には車道走行である。一方、電動車いすは歩行者扱いのため、歩行者が歩行可能な所はどこでも走行することができる。ただし、道路交通法施行規則では、サイズ、速度などが規定されており、それがモビリティ開発の多様性やユーザの利便性の足かせになっているケースが見受けられる。

サイズについては、全長120cm以下、全幅70cm以下、全高109cm以下と規定されており、幅70cmというのは歩行者空間での走行を考えると、歩行者の邪魔にならないサイズという観点である程度仕方ないものの、全高109cmについては前述のように屋根の問題や乗り物としての居住性の問題から、もう少し緩和されても良いように感じる。ちなみに、つくばで実施している「搭乗型移動支援ロボットの公道実証実験」においては、高さ制限は撤廃されている。これはデザイン性にも大きく関わる問題であり、団塊の世代やそれ以降の世代が高齢者の仲間入りをしている現在、デザイン性が向上することにより、需要を喚起できるのではないかと思われる。

速度については時速6km/h以下となっているが、欧米では時速10km/hを超える国が多いと聞く。外国製の電動車いすを輸入販売する際には、速度制限をかけて国内販売していることからも、世界的にみると時速6km/hは少し遅いとみるのが妥当である。時速6km/hは平均的な歩行速度よりも少し速い程度なので、歩行者空間での安全性についてはこの程度が良いのかも知れない。ただし、横断歩道横断時には注意が必要であり、横断中に赤信号に切り替わる場合など、人だと走るケースでも歩行スピードのまま横断を続けなければならないため、ユーザの不安感を募る。つくばでの実証実験においても、遅いモビリティの場合は横断歩道横断時に特に注意して実験を実施している。

上記の議論はあくまでも電動車いすの発展形としてのパーソナルモビリティを想定した場合であり、それを大きくはみ出るものについては、新たなカテゴリー創設や公道(歩道)走行時の新たな取り決めが不可欠である。加えて、歩道や自転車専用道路、さらには充電施設などのインフラ整備については、時間や予算がかかるものの充実を図ることを忘れてはならない。

次章では、上述のような新しい形態のパーソナルモビリティの公道走行実験に係る道路交通法、道路運送車両法の規制緩和措置であるつくばモビリティロボット実証実験特区の成立までの経緯、さらにはその後の追加的緩和措置など、これまでの約6年間の道のりについて経験を交えて述べたい。

③パーソナルモビリティの「実用化しづらさ」