研究都市つくばのパーソナルモビリティ戦略松本 治

④どこまで自動化するべきか−高齢者、介護の視点から−

2017.05.15

パーソナルモビリティの進化を考えた場合、自動運転技術の活用については避けて通れないだろう。自動車の自動運転と同様、パーソナルモビリティにとっても利便性や安全性向上に貢献するはずである。

本章ではユーザを高齢者とした場合、(1)安全方策としての自動運転技術、(2)自動車の自動運転とパーソナルモビリティの自動運転との違い、さらには(3)パーソナルモビリティにとって完全自動運転と運転支援のどちらが良いかについても議論したい。

(1)自動運転でパーソナルモビリティの事故は防げるか

果たして自動運転技術はパーソナルモビリティの安全性を高めるための方策となりうるのだろうか?

パーソナルモビリティの安全を考える上で参考になるのは、電動パーソナルモビリティで唯一歩道走行が認められている電動車いすの事故事例だろう。まずは電動車いすの交通事故について調べてみよう。

電動車いすは道路交通法上では歩行者扱いのため、単独事故、歩行者との衝突事故、電動車いす同士の事故などは交通事故として扱われない。これらは後述のように製品事故として扱われる。このため、交通事故には自動車やバイクなど、車道走行するモビリティとの接触に起因するものだけが統計上現れることになる。

電動車いすの安全利用の手引き(警察庁資料)」によると、平成22年から平成26年の5年間における事故件数は1,042件、そのうち死亡事故件数は42件である。原因を見ると、死亡事故の約3/4が道路横断中の事故である。残りの多くは、歩道のない道路の道路脇を走行時に自動車などと接触したケースである。

前者の道路横断については、横断歩道のない所を無理して横断する際に事故が起こるケースが多いようである。横断歩道や信号がある所まで回り道をするのが面倒で、つい近くを横断してしまうという歩行者の行動心理と同じである。

後者の道路脇走行時であるが、これは歩道のない狭い道を歩行中にすぐ横を自動車が通過してヒヤリとした経験が誰しもあると思うが、その時に車道側にフラッと逸れると接触事故になる。これは自動運転によって、例えば横断歩道のある所しか渡れないようにするとか、目的地までのルート検索時に狭い道路を走行するルートを取らないようにするとか、一定の効果は期待できるが、目的地までの時間がかかることにより利便性を損ねるという問題がある。

本来はパーソナルモビリティ側ではなく、横断歩道の整備などインフラ整備に委ねるべき問題である。自動運転機能を搭載したとして、ユーザがマニュアル操縦に切り替えることも容易に想定でき、安全性を高める事に関しては、一定の効果に留まるように思われる。

次に、単独事故、歩行者との衝突事故などの製品事故について調べてみよう。NITE((独)製品評価技術基盤機構)製品事故DBによると、1996年〜2014年の間の人身事故は全121件、そのうち死亡事故は61件である。事故事象を細かく見ていくと、死亡事故のうち、車いすごとの転落が約6割を占めている。

さらに、人身事故の事故原因において製品に起因する事故は僅か6%であり、原因不明の事故が含まれるものの、それ以外のほとんどは使用者の不注意に起因する事故である。

車いすごとの転落は、例えば農道を走行中に脇見運転による田んぼへの転落、同様のケースでガードレールのない用水路への転落など、操縦ミスにより生じている。これらについては、高精度自動運転技術や先進的危険検知・回避技術が導入されれば避けることができる事故である。

以上のように、自動運転技術の導入によって、交通事故件数を軽減する効果よりも、操縦ミスによる転落等の使用者に起因する事故の抑制効果が期待できると言える。

(2)パーソナルモビリティの自動運転の困難さ

では、パーソナルモビリティに自動運転技術を導入する際の技術的課題は何だろう。自動車の自動運転と対比して考えてみたい。

モビリティのスピードが違うのは明らかであるが、一番異なるのは走行環境である。自動車は車道走行が基本であるため、走行ルートは道路上とおのずと限定される。カーナビでルート検索が瞬時に可能なのも、自動車は道路上を走るということが前提になっているからである。

一方、パーソナルモビリティは基本的には歩道もしくは車道脇を走るが、公園や広場、施設の中を走ることもあるだろう。我々が歩ける所であれば同様にパーソナルモビリティは走行できるため、ルートは無限に存在する。

つまり地図データに道路の情報だけでなくパーソナルモビリティが走行できる多様な環境情報を取り込み、さらには歩道のどのあたりを走行するべきかなど、道路検索とは違った細かな支援が必要になる。

安全性を確保するための危険回避技術も大きく異なる点である。自動車の場合、回避しなければならない障害物は周囲の自動車、道路を横断する歩行者、脇を走る自転車やバイクなどであろう。つまり、障害物をある程度規定できるため、それらに対して検知・停止・回避できるような技術を開発すれば良い。

一方、パーソナルモビリティの場合は、周囲の歩行者はもちろんのこと、自転車、突然飛び出して来る子供、陥没した穴、下り階段、溝、水たまり、ぬかるんだ道など、走行上注意すべき対象は多種多様である。これらをモビリティ側のセンサのみで正確に検知するのは至難の業である。障害物を例えば歩行者や自転車のみに限定し、その他の検知が困難な障害物については搭乗者の認知判断能力に委ねるというのが今の所現実的なやり方である。

以上の考察から、完全自動運転については、複雑な環境への対応という意味で、自動車よりもパーソナルモビリティの方が実は困難なのかも知れない。速度の違いから、自動車の場合危険事象はより重篤であるものの、もしすべての車が自動運転になれば、ある程度構造化された走行環境であるがゆえ、システムとしての導入は案外容易なのかも知れない。

(3)完全自動運転か運転支援か?

前節の考察において、パーソナルモビリティは今の所、人間の認知判断能力に委ねざるを得ないということについて、障害物検知・回避の視点から述べた。

逆に自動運転のユーザへの影響についてはどうだろうか。もしパーソナルモビリティが完全自動運転になり、例えば買い物に行く時に目的地を入力すると安全に連れて行ってくれる。これは確かに利便性の意味では大変便利な機能である。

しかし、ユーザが高齢者だとしても、まだ認知判断能力がしっかりしていて、操縦能力も問題ない人の場合は、せっかくの残存機能が失われることにつながらないだろうか。廃用症候群という言葉があるように、人は使わない機能は衰えていくものである。それを阻止するためには、残存機能については積極的に使い続けるのが良い。

そういう意味では、モビリティ側に求める機能としては、最低限の機能で良く、完全にモビリティ側で何でも支援するというのは避けた方が良いという考え方もある。もし技術的に可能だとしても、である。

一方で、少し引いた視点から見ると、完全自動運転技術により安全なパーソナルモビリティが提供されると、高齢者の外出支援につながり、それまで家に閉じこもっていた高齢者が家の外に出る機会を増やす効果があることは確かだろう。身体機能のみならず、外出により脳への刺激が増え認知症予防になるかも知れない。

一例としては、石川県輪島市においてヤマハ発動機のゴルフカートを車道上の街中移動で活用する取り組みが数年前から行われている。ユーザは観光客と地元住民である。基本はドライバー操縦による運航であるが、一部約1kmの区間では誘導ケーブルによる自動運転技術が導入されている。

これは車道走行であり複数人移動を対象にしているため、本稿で言う所のパーソナルモビリティではないが、自動運転の導入はあくまでもドライバーの操縦支援である。現在商工会議所の若い人が交代で行っているドライバーを将来的には高齢者に担っていただき、ドライバーを含んだ形での高齢者外出支援を目指している。

このように、パーソナルモビリティにとっての自動運転とは、最低限の安全確保を基本機能として、ユーザの認知判断能力や身体能力に合わせた形で、適切な機能のみを提供するのが良いだろう。高齢者の外出を促す効果については、言うまでもなく明白である。

次章では、パーソナルモビリティの普及に向けて、技術的な側面ではなく、免許・講習制度、認可制度、介護保険などの助成制度、事故データ収集・解析機関など、今後必要になるであろう制度面での各種整備について論じてみたい。

④どこまで自動化するべきか−高齢者、介護の視点から−