イギリスの本音谷本 真由美

②自動運転車と雇用 ―イギリスでの取り上げられ方

2017.06.14

欧州での自動運転車の受け取られ方が北米や日本と違うのは、その利便性や将来性だけでなく、雇用問題との関係性がクローズアップされることが多い点です。

KPMGが、自動車業界の業界団体であるthe Society of Motor Manufacturers and Tradersの依頼で作成した報告書によれば、自動運転車は2030年までに

・イギリス国内で32万件の仕事を作り、そのうち2万5千件は自動車製造の仕事になる
・510億ポンドの経済効果がある
・2万5千件の重大な事故を防ぎ、2500名の命を救う

としています。さらに2030年までに市場に出回る車の約4分の1が、何らかの形で自動運転もしくは相互通信可能な機能を持ち、常に交信することになるとまとめています。

【参考】
Connected and Autonomous Vehicles – The UK Economic Opportunity

このように自動運転車が産業として発達することで、自動運転周辺のテック系の仕事やインフラ整備などの仕事が増加するので、総体としては経済に良い影響があると予想されています。

しかしその一方で議論されるべきは、自動運転の導入により消える仕事はどうするのか? という点です。

自動運転と雇用に関して似たような例といえば、ふと思い出されるのがイギリスの鉄道です。

例えばロンドンはここ5年ばかり、郊外へ向かう鉄道主要路線のストが激しく、春先から夏にかけては月に2回ほど、多い時は5回ほど24時間スト、48時間ストが実施され、通勤が麻痺します。ストがあまりにも多いため、沿線から引っ越す人や、在宅勤務を進める企業も増えるほどの影響です。

ストが起こる理由は、技術の向上により、プラットフォームで安全確認する駅員の数を減らすことへの反対です。以前は人が目視していましたが、現在は運転手がカメラで確認することが可能です。

日本だと効率化したからいいじゃないか、なぜストなんかやるんだ、という人が多そうですが、ここでは人員削減に関して、妥当な手段を取らない鉄道会社が悪い、という意見は少数派ではありません。もちろんストには怒りますが、鉄道会社に対する怒りのほうが強いのです。

イギリスは日本や欧州大陸に比べると雇用法が北米に近く、レイオフや人員削減が容易で、80年代には炭鉱や鉄鋼などの重厚長大産業を廃止し、多くの人が失業しました。知識経済が中心になったため、炭鉱夫や船の電気配線工は再訓練してもトレーダーやプログラマになれたわけではなく、失業者として悲惨な生活を送りました。地域は破壊され、幾つもの街が消えました。

私の配偶者は炭鉱町出身のイギリス人で、ちょうどこの頃に中学生だったのですが、同級生の半分は両親が失業している家の出身で、無料の給食がその日唯一のまともな食事だということもありました。再訓練を受けても、就ける仕事は店員や掃除人などで、炭鉱や船のドックの仕事とはあまりにも違う上に、報酬は安く、尊敬も受けません。

精神を病んでヘロインなどのクラスAドラッグをやる人、生活苦のあまり万引きや窃盗で刑務所に入る人、自殺する人も珍しくなかったとのことです。

これはたった30年ほど前のことなので、多くの人は大量失業の痛みを覚えています。そのような地域は今でもロンドンの繁栄からは取り残されていて、地元民は時給いくらの仕事を若いリトアニア人やブルガリア人と取り合います。

そういう実態を知っている人が多いので、駅員の失業にもなんとなく同情する人も少なくないのです。こういう地域はEU離脱に投票した人が多く、イングランド東部にあるリンカンシャーのボストンという街は実に70%以上が離脱に投票しました。

仕事が豊富なロンドンであっても、熟練労働者である駅員は、自動運転車の設計ができるわけでも、制御するソフトウェアを開発できるわけでもありません。トラック運転手やタクシー運転手は、中学までしかでていない人も少なくありません。

アメリカと同じくイギリスは教育費が高騰しており、知識産業で稼ぐための技能を得る様な教育は高価です。良い大学に行くには学費が年に200万円も300万円もかかる私学に行かなければなりません。しかし中流以下の実質賃金は上がっていない上に、不動産価格の高騰で一般の人の生活は苦しくなる一方です。

イギリスでは中流〜高給スーパーの売上が芳しくなく、流行っているのは1ポンドショップとドイツ出身の激安スーパーです。大陸欧州の場合は、雇用の流動性が低い上に、経済も芳しくないので、イギリスよりももっと悲惨です。

イギリスを始め欧州ではUberを規制する国が増えていますし、自動運転に関しては雇用に関する議論もヒートアップしています。その背景には、こういう欧州的な事情が関係しています。

②自動運転車と雇用 ―イギリスでの取り上げられ方