イギリスの本音谷本 真由美

①イギリスの自動運転は自由放任主義

2017.02.15

日本でも自動運転車が話題になっており、一般認知もかなり進んだようです。テレビや新聞でもテスラがグーグルやアップルと同じように取り上げられるようになりました。

しかし日本で自動運転車が取り上げられる場合、話題の中心になるのは技術の側面ですが、これは日本が自動車生産国であることも関係あるでしょうし、そもそもガジェットやメカ好きの人が多いことも関係あると考えています。

しかしここイギリスを含め、欧州における自動運転車への見方というのは、日本とは若干異なります。

自動運転の技術的な側面や、社会もたらす利益のみを検討するのではなく、その潜在的なリスクや社会的な影響も争点になっています。明るい面ばかりを議論するわけではないのです。

イギリスの場合、一昨年から最も議論されているのが自動運転車の保険です。技術そのものよりも、事故があった場合誰が保証するのか、損害賠償はどうなるのか、車検はどうするのか、道路交通法は変更するのか、何を過失とするのか、保険の掛け金はいくらになるのか、というかなり現実的なことが閣議レベルで議論されています。

「技術自体」や「自動運転による明るい未来」よりも、「誰が保証するんだ」という現実的な所が注目される所は、データを重視する実証主義的なイギリスらしい所であり、近代保険システムを発達させてきた金融国らしいアプローチです。

元々イギリスというのは七つの海を制覇してきた海賊国家であり、リスクを取るという国民性がある一方で、現実主義であり、冷静に利益とリスクを天秤にかけるというところもあります。単にバラ色の夢を描いてリスクに邁進していくという国民性ではありません。こういう国民性だからからこそ、金融や植民地経営がうまく行った側面もあるのでしょうし、世界各地の紛争の黒幕として暗躍してきたという歴史もあります。

そういう背景があるので、イギリスは日本に比べると、保険商品の豊富さやリスク管理の手法が遥かに進んでいます。常に最悪の事態を想定して戦略を策定し、事業を回すのです。事故は必ず起こるという考え方なので、監査のフレームワークや手法も洗練されています。最初から機械も人も信用していません。これは自動運転やドローンに関しても同じです。

私の専門はITガバナンスや内部監査でありますが、その分野でもイギリスの手法は日本よりも遥かに洗練されており、人は間違いや犯罪を犯す、という大変現実的かつ性悪説にそったものになっており、日本サイドの協力会社やクライアントにイギリス式のフレームワークや罰則を提示すると「そんなに厳しくしなくていいんじゃないですか」「犯罪者だらけなんですか」というコメント頂くことが大半です。(しかし多種多様な人がいる国ですので、性善説を前提とした日本式でやると大問題が起こります。)

このような文化背景があるためか、自動運転に関しても、単に進めるだけではなく、まずはリスク管理の仕組みを固めるという方向で動いたようです。イギリスは、2016年には、自動運転車に関する法律を発表した世界初の国となりました。

the Modern Transport Bill

この法律は、自動運転車、電気自動車、商用宇宙船、ドローンへの投資を促進する一方、民間企業により自動運転車用の保険が提供されることを推進するものです。

この法律は、2016年5月の女王演説でも政府の方針として述べられました。

女王の演説というのは、イギリス議会において、女王がすべての議員を前に、今後の政府の方針を演説する儀式で、発表された翌日からその内容に関して、両院で議論が繰り広げられます。

女王の演説で述べられたということは、自動運転車の安全確保やリスク管理の仕組みが、それだけ国内で注目を集めているということです。

日本であれば、天皇陛下が「お言葉」の中で「自動運転車の安全を確保して下さい」というのに近いですし、国会で重要課題として議論されるのと同じということです。日本の国会では「こんにゃくゼリーの安全性」が検討されるように、イギリスでは自動運転のリスクが議論されているのです。

2017年夏には、この法律の詳細が検討される予定ですが、以下に的を絞ったものになります。大変具体的かつ現実的です。

・自動運転車が衝突した場合の刑法上、民法上の損害賠償の明確化(もしくはケースバイケースで裁判所で検討)

・自動運転モードで走行する車の「運転」は、従来型の運転手よりも高い標準であるべきかどうか

・自動運転技術が正しくメンテナンスされてるかどうかをチェックするため車検ルール変更の可能性

・自動運転に対応した潜在的な道路法の改定

・自動運転車が潜在的なサイバー犯罪から保護されるように、既存の規制枠組みをどのように発展させるべきか

イギリス政府は自動運転のトラックの実証実験を認可し、自動運転への政府による投資も増やしていますので、国としてこの分野を盛り上げたいという野心があります。しかし、実際に運用してみて、何がどうなるかはわからない、という部分も大きいのでしょう。まずは法的な大枠を作り、詳細は産業界での発展も見ながら、産学産業界連携で詳細を詰めていきましょう、という方向の様です。

この流れは、自動運転に限らず、Fin Techやブロックチェーンの開発に関しても似ています。欧州のFin Techの中心であるロンドンでは、規制当局はテック企業を敵対視しているわけではなく、どちらかというと協力関係にあります。まずは民間に色々やらせてみて、問題が起こりそうであれば、後から政府が介入するという方針であり、規制は最小限にするという方針です。

最悪の事態を避けるためにとりあえず法律を作り、リスクは最小化する仕組みは作るが、その枠組の中で自由にやってくださいというのは、近代資本主義を発展させてきた自由放任なイギリス的でもあり、ある意味大人の態度であるともいえますし、市場で何か問題が起こった場合にのみ、市場が円滑に動くように最小限の介入をする、という政府本来の役割にそったものだとも言えます。

日本では国土交通省が、自動運転の国際基準作りに乗り出しており、日本標準の「日本案」を作り、国連の議論を主導したい様ですが、技術面の検討が中心であり、あくまで政府が主導で議論をすすめるという方向のようです。しかし、道路交通法や車検、自動車保険など、人命に係る部分の検討はかなり遅れています。そのような「日本案」は、世界標準になるどころか、世界の足を引っ張るのではないかと懸念しています。

①イギリスの自動運転は自由放任主義